ご質問
ADHD治療薬(メチルフェニデートやアトモキセチンなど)や睡眠薬(ベンゾジアゼピン系等)は、日本では医師の処方を受けて使用している場合が多いと思います。これらを海外旅行時に携帯したいときに、どのような手続きが必要になるのか、また国によって対応が異なるのか知りたいというご相談ですね。
薬剤師からの回答
手続きの要否は、薬の種類ごとにはっきり分かれます。まず結論を表にします。
| 薬の法律上の区分 | 日本側で必要な手続き | 渡航先側 |
|---|---|---|
| 向精神薬(メチルフェニデート、ベンゾジアゼピン系、ゾルピデム等) | なし。自己の疾病治療のための携帯は許可も届出も不要 | 国により事前承認が必要 |
| 麻薬(モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル等) | 地方厚生局麻薬取締部の事前許可(出国用・帰国用の2件) | 国により事前承認が必要 |
| 覚醒剤原料(リスデキサンフェタミン=ビバンセ等) | 処方医が発行する証明書の携帯 | 国により持ち込み不可 |
| 上記に該当しない処方箋医薬品(アトモキセチン、グアンファシン、トラマドール等) | なし | 国により規制あり |
つまり、向精神薬については日本側で取るべき書類はありません。麻薬及び向精神薬取締法は、自己の疾病の治療のために向精神薬を携帯して輸出・輸入することを認めており、定められているのは品目ごとの携帯量の上限だけです。
まず自分の薬の区分を確認する
ここを間違えると手続きの判断もずれます。ADHD治療薬は薬剤ごとに区分が違うので、まとめて扱えません。
ADHD治療薬:
| 一般名 | 商品例 | 区分 |
|---|---|---|
| メチルフェニデート | リタリン、コンサータ | 第1種向精神薬 |
| リスデキサンフェタミン | ビバンセ | 覚醒剤原料 |
| アトモキセチン | ストラテラ | 向精神薬・麻薬いずれでもない処方箋医薬品 |
| グアンファシン | インチュニブ | 向精神薬・麻薬いずれでもない処方箋医薬品 |
睡眠薬・抗不安薬:
| 一般名 | 商品例 | 区分 |
|---|---|---|
| フルニトラゼパム、トリアゾラム、ジアゼパム等 | サイレース、ハルシオン、セルシン | 第2種・第3種向精神薬 |
| ゾルピデム、エスゾピクロン、ゾピクロン | マイスリー、ルネスタ、アモバン | 第3種向精神薬 |
| フェノバルビタール等のバルビツール酸系 | フェノバール | 第3種向精神薬 |
| ラメルテオン、レンボレキサント、スボレキサント | ロゼレム、デエビゴ、ベルソムラ | 向精神薬に該当しない |
| スボレキサント以外の抗ヒスタミン系市販睡眠改善薬 | ドリエル 🛒等 | 一般用医薬品 |
区分がわからないときは、調剤を受けている薬局の薬剤師に聞いてください。向精神薬は薬局側に記録・管理義務があるため、その場で答えられます。
「薬監証明を取る」手続きは存在しません
この質問で最も流通している誤情報がこれです。実際には次のとおりです。
- 薬監証明は正式には輸入確認証という名前です
- 必要になるのは、日本に医薬品を持ち込む量が基準を超えるときです
- 交付するのは到着空港を管轄する地方厚生局の薬事監視専門官です。PMDAではありません(PMDAは承認審査と副作用被害救済の機関で、個人輸入の窓口業務を持ちません)
- 基準は、処方箋医薬品なら用法用量からみて1ヶ月分以内、OTCの内用薬なら2ヶ月分以内、外用剤・医薬部外品なら1品目24個以内。この範囲なら処方薬でも不要です
「出国前に薬局で薬監証明を申請する」「PMDAに申請して1〜2週間かかる」といった記述を見かけますが、そういう手続きは存在しません。書類が取れないからと薬を置いていくのが、この誤解による最悪の結果です。ADHD治療薬や睡眠薬の突然の中断は、渡航先での機能低下や反跳性不眠につながります。
実際に必要な準備の手順
| 手順 | やること | 時期の目安 |
|---|---|---|
| 1 | 薬剤師に自分の薬の区分(向精神薬/麻薬/覚醒剤原料/それ以外)を確認 | 渡航が決まったら |
| 2 | 渡航先の在日大使館・領事館、または渡航先規制当局に事前承認の要否を照会 | 渡航2ヶ月前 |
| 3 | 主治医に英文診断書を依頼(診断名・一般名・1日量・携帯数量・渡航期間を記載) | 渡航1ヶ月前 |
| 4 | 麻薬に該当する場合のみ、地方厚生局麻薬取締部に携帯輸出・輸入の許可を申請 | 渡航2週間前まで |
| 5 | 渡航先の事前承認が必要な場合は申請(シンガポールHSA、中東各国保健当局など) | 国の案内に従う |
| 6 | 元の容器・PTPシートのまま、機内持ち込み手荷物にまとめる | 荷造り時 |
3の英文診断書が、実務上もっとも効く1枚です。日本語の処方箋は入国審査官には読めません。商品名ではなく**一般名(成分名)**で書いてもらってください。「Concerta」ではなく「Methylphenidate hydrochloride」です。
渡航先国の規制確認
日本側の手続きが不要でも、渡航先側で必要になることがあります。ここが本番です。
| 渡航先 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 米国 | 英文処方箋があり元の容器のままなら自己使用分は一般に可。渡航期間に見合う量に留める |
| オーストラリア | 自己使用分はおおむね3ヶ月分まで、処方箋の携帯で可。薬によっては事前許可が必要なため、TGA(医薬品医療製品庁)の案内を確認 |
| タイ | 自己治療目的なら医師の診断書または処方箋を携帯し、おおむね30日分以内に収める |
| シンガポール | 規制対象医薬品はHSA(Health Sciences Authority)の事前承認が必要。オンライン申請窓口がある |
| UAE・サウジアラビア等 | 規制対象医薬品は保健当局の事前承認が必要。無承認での持ち込みは拘束リスクがある |
一般的な確認方法:
- 渡航先の在日大使館・領事館に問い合わせる(日本語で照会できる)
- 渡航先の税関・保健当局ウェブサイトで規制対象リストを確認する
- 日本側の手続きについての疑問は、地方厚生局麻薬取締部に直接問い合わせる
実務的な補足
まとめ
ADHD治療薬や睡眠薬のうち向精神薬に該当するものは、自己の疾病の治療のために携帯するなら日本側の許可も届出も不要です。「薬監証明の取得が絶対条件」という説明は制度の取り違えで、薬監証明(輸入確認証)は日本へ輸入する量が基準を超えるときの書類、窓口は地方厚生局です。
日本側の手続きが必要なのは、麻薬(地方厚生局麻薬取締部の事前許可)と覚醒剤原料(処方医の証明書)に限られます。アトモキセチン・グアンファシン・トラマドールは向精神薬でも麻薬でもありません。
準備の中心は、渡航先の事前承認の要否確認と、主治医の英文診断書の取得です。渡航が決まった時点から、まず薬剤師に自分の薬の区分を確認することから始めてください。
本回答は一般的な情報提供であり、個別の医学的判断は主治医または薬剤師にご相談ください。