ブラジル渡航前に押さえるべき感染症リスク
ブラジルは南米最大の国で、アマゾン熱帯雨林から大都市サンパウロまで多様な環境を有します。国土面積は日本の約22倍に及び、赤道直下の熱帯気候から温帯まで気候帯が異なるため、渡航先の都市・地域によって感染症リスクのプロファイルが大きく変わります。渡航時期・地域により感染症リスクが異なるため、事前の医学情報収集が不可欠です。
ブラジル保健省(Ministério da Saúde)のデータによれば、毎年100万件以上のデング熱が報告されており、近年はジカウイルスやチクングニア熱の流行も重なっています。日本からの渡航者には「熱帯病」として実感しにくい側面がありますが、蚊を媒介とする感染症は都市部でも発生しており、観光・ビジネス渡航者も例外ではありません。渡航前の予防接種、虫よけ対策、飲食衛生管理を組み合わせた多層的な予防戦略が求められます。
なお、持病のある方や妊娠中の方は、本記事の情報に加えて必ず渡航前にかかりつけ医や旅行医学外来に相談してください。
ブラジルで注意すべき主要感染症
| 感染症 | 感染経路 | 高リスク地域 | 症状・予後 | 予防方法 |
|---|---|---|---|---|
| デング熱 | 蚊(Aedes) | 全国(特に北東部) | 発熱・頭痛・関節痛・皮疹 | 蚊よけ・長袖・ワクチン(デング四価) |
| 黄熱病 | 蚊(ヤブカ) | アマゾン・中西部 | 発熱・黄疸・臓器不全(致命率5〜10%) | 黄熱病ワクチン(入国要件の国あり) |
| ジカウイルス感染症 | 蚊(Aedes) | 全国(特に北東部) | 発熱・皮疹・関節痛・神経障害 | 蚊よけ・妊婦は特に注意 |
| マラリア | 蚊(ハマダラカ) | アマゾン川流域 | 発熱・悪寒・頭痛・臓器障害 | 予防薬(アトバコン・プログアニル等) |
| チャガス病 | サシガメ(昆虫) | 農村・貧困地域 | 初期:発熱、慢性:心臓病・消化器疾患 | 不潔な寝具回避・蚊帳使用 |
| A型肝炎 | 汚染食水 | 全国 | 発熱・黄疸・倦怠感 | A型肝炎ワクチン・飲食衛生 |
| 腸チフス | 汚染食水 | 全国(特に衛生環境悪い地域) | 持続的発熱・腸炎 | 腸チフスワクチン・飲食衛生 |
| 下痢症(ETEC等) | 汚染食水・食事 | 全国 | 水様便・腹痛・脱水 | 飲食衛生・経口補水塩 |
| チクングニア熱 | 蚊(Aedes) | 北東部・都市周辺 | 高熱・関節痛(長期化しやすい) | 蚊よけ・長袖 |
| レプトスピラ症 | 汚染水・土壌 | 洪水後の都市部・農村 | 発熱・黄疸・腎不全(ワイル病) | 洪水水への接触回避・傷口保護 |
薬剤師メモ ブラジルにおけるAedes蚊(デング・ジカの媒介)は都市部でも繁殖します。日中の活動が多く、特に早朝・夕方にピークを迎えるため、昼間の蚊よけが重要です。黄熱病ワクチンは接種後10日で免疫が成立し、現在は1回接種で終生免疫が得られるとされています(WHO推奨、2016年改訂)。
予防接種スケジュール(渡航1ヶ月前から実施)
渡航先や目的によって必要なワクチンは異なりますが、ブラジル全域への渡航ではA型肝炎ワクチン、アマゾン等の流行地域ではさらに黄熱病ワクチンが強く推奨されます。渡航1ヶ月前を切っている場合でも、黄熱病ワクチンは可能な限り早めに接種し、免疫が成立するまでの期間(接種後10日)を考慮してスケジュールを立ててください。
必須ワクチン
黄熱病ワクチン
黄熱病ワクチンは生ワクチン(弱毒化した黄熱ウイルスを含む)であり、接種後10日以内に中和抗体が産生されます。日本では国立感染症研究所が製造・供給する株を用いた製剤が使用されており、接種できる施設は成田空港・関西空港等の検疫所、および都道府県が指定した予防接種機関に限られます。
- 接種場所:厚生労働省指定の検疫所・予防接種外来
- 実施時期:渡航2週間以上前(余裕をもって3〜4週前が理想)
- 効果:接種後10日で免疫成立、1回接種で終生免疫
- 副反応:接種部位の発赤・腫脹・軽度発熱(5〜10%)、まれに黄熱病ワクチン関連粘膜病(YEL-AND)・臓器不全(YEL-AVD)が報告されている(いずれも非常にまれ)
- 特に必要な場合:アマゾン地域、パンタナル湿地帯、セラード(中西部)への渡航者、または黄熱病流行国への再入国者
- 接種禁忌:卵アレルギー(アナフィラキシー歴)、免疫不全、妊婦(リスク・ベネフィット評価が必要)、生後9ヶ月未満
薬学的補足(生ワクチンの特性と注意点)
黄熱病ワクチンは弱毒生ワクチンに分類されます。同じく生ワクチンである麻疹・風疹・水痘ワクチンと同時接種する場合、または27日以上の間隔を空けない場合は免疫応答が干渉することがあります。他の生ワクチンと同日に接種できない場合は27日以上の間隔を設けてください。不活化ワクチン(A型肝炎・腸チフス等)との間隔制限はありません。
推奨ワクチン
| ワクチン | 用量・回数 | 接種間隔 | 備考 |
|---|---|---|---|
| A型肝炎 | 2回接種 | 初回→6ヶ月後 | 不活化ワクチン。接種後2〜4週で抗体産生 |
| 腸チフス | 1回接種 | 単回(3年ごと追加) | Vi多糖体ワクチン(不活化)。効果は目安3年 |
| B型肝炎 | 3回接種 | 0→1→6ヶ月 | 既に接種済みか抗体陽性者は不要 |
| 破傷風(Tdap) | 必要に応じて1回 | 10年ごと | 長期旅行・アウトドア活動では確認推奨 |
薬剤師メモ 複数ワクチンの同時接種は医学的に可能ですが、異なる部位への接種が原則です。同一部位への同時接種は避け、左右上腕・大腿など部位を分けてください。渡航予定が1ヶ月を切っている場合も、旅行医学外来や予防接種外来に相談すれば日程の調整が可能なことがあります。
飲料水・食事の安全性対策
水道水の利用
サンパウロ・リオデジャネイロなどの大都市では浄化処理が行われていますが、生飲みは非推奨です。浄水過程で塩素処理は施されているものの、配管の老朽化や一時的な汚染が否定できないため、渡航者は以下の対策を実施してください。
- 飲用水:市販のペットボトル入りミネラルウォーターを購入("Água mineral com gás"=炭酸入り、"sem gás"=無炭酸)
- 価格目安:1.5Lボトルで3〜5レアル程度(時期・地域により変動)
- 歯磨き・うがい:可能な限りペットボトルの水を使用
- 氷(gelo):製造元不明の氷は避ける。高級ホテルやチェーン店の氷は比較的安全だが、判断が難しい場合は飲み物に氷を入れない
- ホテルの飲用水:事前にフロントに水質・供給元を確認
携帯型浄水フィルター(中空糸膜タイプ)やヨウ素系浄水タブレットは緊急時のバックアップとして持参する選択肢もありますが、ウイルス除去能力には製品差があるため過信は禁物です。なお、ヨウ素系タブレットは長期連用で甲状腺機能への影響が懸念されることが知られており、旅行期間が長い場合は使用頻度に注意してください。
食事時の注意点
避けるべき食材・状況
- 生野菜・サラダ(洗浄水が汚染していることがある)
- 生肉・加熱不十分な肉製品(寄生虫・細菌リスク)
- 露店・衛生基準が不明な飲食店での食事
- 製造日不明または常温保管された乳製品・生卵
- 路上販売のジュース類(搾り汁・スムージー等)
安全な選択肢
- 加熱済みの野菜(スープ・煮込み料理)
- ホテルや信頼できるチェーン店での食事
- 果物は自分で皮をむいたもののみ
- ブラジル名物のシュラスコ("Churrasco"):直火高温焼きで安全性が高い
- 缶・瓶入りの市販飲料
旅行者下痢症(Traveler's Diarrhea)は最も頻度の高い健康被害の一つで、渡航者の20〜50%に発症すると報告されています。主な原因は腸管毒素原性大腸菌(ETEC)ですが、カンピロバクター、サルモネラ、ノロウイルスなどが原因となるケースもあります。
旅行者下痢症(Traveler's Diarrhea)対策医薬品
| 医薬品名(一般名) | 用量目安 | 使用場面 | 準備方法 |
|---|---|---|---|
| ロペラミド塩酸塩 | 2mg 規格 | 水様便・非感染性下痢 | 日本のOTC薬局で購入可 |
| 次サリチル酸ビスマス | 製品規格により異なる | 軽度下痢・予防補助 | 現地(Pepto-Bismol等)で購入可 |
| 経口補水塩(ORS) | WHO規格粉末 | 脱水症状時 | 日本から数包携帯推奨 |
| アジスロマイシン | 医師処方 | 血便・高熱を伴う下痢 | 渡航前に医師処方取得推奨 |
薬剤師メモ(ロペラミドの注意点) ロペラミド塩酸塩はオピオイド受容体(μ受容体)への作用により腸管蠕動を抑制し、止瀉効果を発揮します。しかし、腸管内細菌毒素の排出を遅らせるため、血便・発熱(38℃以上)・激しい腹痛を伴う感染性腸炎では使用禁忌とされています。これらの症状がある場合は抗菌薬(アジスロマイシン等)による原因治療が必要です。渡航前に内科または旅行医学外来を受診し、緊急用の抗菌薬処方箋を取得しておくことを強く推奨します。
気候・季節別の医薬品備忘録
雨季(11月〜3月)の対策
気象特性
- 高温多湿(28〜35℃)
- 豪雨による蚊の大量発生・繁殖
- デング熱・ジカウイルスのピークシーズン
- 洪水後はレプトスピラ症のリスクが上昇
医薬品・衛生用品の備え
① 蚊よけ・虫刺され対策
蚊よけ剤の主な有効成分はDEET(ジエチルトルアミド)とイカリジン(ピカリジン)の2種類です。
- DEET(ジエチルトルアミド)配合虫よけ:濃度20〜30%のものを選択。低濃度(10%以下)は効果持続時間が短く、ブラジルのような高リスク地域では不十分です。2〜3時間ごとに再塗布が必要。小児(2歳未満)への使用は避けてください。
- イカリジン(ピカリジン)配合虫よけ:DEETと同等の有効性が報告されており、皮膚への刺激が少なく小児にも使用しやすい。濃度15〜20%の製品が有効です。
- 日焼け止めとの併用時:日焼け止めを先に塗布し、乾燥後に虫よけ剤を重ねる順番を守ること。日焼け止めが虫よけの効果を低下させることがあるため、虫よけ機能付き日焼け止め一体型製品より分けて使用する方が確実です。
- 就寝時は蚊帳(モスキートネット)を使用し、エアコンまたは扇風機を稼働させることでさらに蚊の接触リスクを下げられます。
② 皮膚炎・虫刺され後のケア
- ヒドロコルチゾン配合のOTCステロイド軟膏(ウィークランク相当):虫刺されによる炎症・かゆみに使用
- セチリジン塩酸塩やフェキソフェナジン塩酸塩等の抗ヒスタミン薬(内服):強いかゆみや広範な皮疹に対応
③ 冷房対策
- 屋外の高温と室内の強冷房の寒暖差は20℃以上になることがあり、体温調節不良による体調不良が起きやすい。軽い羽織りものやストールを常に携帯してください。
乾季(4月〜10月)の対策
気象特性
- 比較的涼しい(20〜28℃、南部はさらに低下)
- 紫外線が強力(特に高地・内陸部)
- 蚊の活動は雨季より低下するが完全には消失しない
- 乾燥による気道炎症・皮膚乾燥に注意
医薬品・衛生用品の備え
① 紫外線対策
- 高SPF日焼け止め(SPF50+、PA++++):30〜50mL容量を持参し、外出前に塗布・2時間ごとに塗り直し
- 日焼け後の炎症ケア:ヒドロコルチゾン配合軟膏(OTC)、もしくはアロエベラジェル配合製品が一般的に使用される
② 呼吸器感染症対策(冬季=4〜8月) ブラジルの冬季(南半球)は日本の春〜秋に相当し、気温低下に伴い上気道炎が増加します。
- デキストロメトルファン臭化水素酸塩配合のOTC咳止め製剤:非麻薬性中枢性鎮咳薬で、延髄の咳中枢を抑制。眠気が少なく旅行中でも使いやすい
- ブロムヘキシン塩酸塩配合の去痰薬:気道分泌液を増加・低粘稠化させ、痰の喀出を助ける
- 総合感冒薬(アセトアミノフェン・抗ヒスタミン薬・鎮咳薬配合のもの):症状に応じて使用
③ 脱水対策 乾季でも日中の気温は高く、水分補給を怠ると熱中症・脱水のリスクがあります。
- 経口補水塩(ORS)粉末スティック:WHO基準の電解質組成(Na+・K+・ブドウ糖)を含む製品が理想的
- スポーツ飲料は糖分・電解質バランスがORSより異なるため、重度脱水時には不十分な場合があります
共通(通年)の医薬品リスト
渡航期間・季節を問わず、以下を基本セットとして準備することを推奨します。
| カテゴリ | 推奨成分(一般名) | 用途・備考 |
|---|---|---|
| 解熱鎮痛薬 | アセトアミノフェン | 第一選択。消化器刺激が少なく安全性が高い |
| 解熱鎮痛薬(注意) | イブプロフェン | デング熱疑いの際は出血リスクから使用禁止 |
| 整腸剤 | ビフィズス菌・乳酸菌(プロバイオティクス配合) | 腸内環境維持 |
| 制酸薬 | 炭酸水素ナトリウム・炭酸マグネシウム配合等 | 胃酸過多・胃もたれ時 |
| 抗ヒスタミン薬 | セチリジン塩酸塩・フェキソフェナジン塩酸塩 | アレルギー・かゆみ対応。非鎮静型が日中使いやすい |
| 点眼薬 | 防腐剤フリータイプの人工涙液 | 乾燥・異物感。防腐剤入りは連用で角膜刺激 |
| 抗真菌薬 | クロトリマゾール・ミコナゾール配合外用剤 | 高温多湿による白癬・カンジダ症予防 |
| 虫刺され・炎症 | ヒドロコルチゾン配合外用剤(OTCランク) | 蚊刺されの炎症・かゆみ |
| 皮膚保湿剤 | ヘパリン類似物質・尿素配合クリーム等 | 乾季の皮膚乾燥対策 |
薬剤師メモ(アセトアミノフェンを第一選択とする理由) デング熱疑いの発熱には、イブプロフェンやアスピリン等のNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は使用を避けてください。 NSAIDsはプロスタグランジン合成阻害作用に加えて血小板凝集抑制作用を持つため、デング出血熱(血小板減少・出血傾向を伴う重症型)の際には出血リスクを高める可能性があります。発熱の原因が確定するまではアセトアミノフェンのみで対症療法を行い、医療機関を早急に受診してください。また、ブラジルではアスピリン系薬剤が市販で容易に入手できますが、日本人が慣れている製品を持参することを推奨します。
ブラジル国内での医薬品入手方法
薬局(Farmácia)の活用
- 都市部の利便性:サンパウロ・リオデジャネイロ等の大都市中心部では24時間営業の薬局が存在し、ある程度の医薬品は現地で入手可能です
- 処方薬のハードル:ブラジルでは多くの抗菌薬が処方箋なしで購入可能な場合があります(日本よりハードルが低い)。ただし、品質管理水準や剤形・用量が日本の製品と異なることがあるため注意が必要です
- 言語対応:英語対応は限定的で、ポルトガル語が基本です。成分名(一般名)をメモして持参するか、翻訳アプリを活用してください
- 薬局での会話フレーズ例:
-
Do you have something for diarrhea?(ドゥ ユー ハヴ サムシング フォー ダイアリーア?) -
I need pain relief.(アイ ニード ペイン リリーフ) -
Do you have oral rehydration salts?(ドゥ ユー ハヴ オーラル リハイドレーション ソルツ?)
-
成分名をポルトガル語で提示できると薬局スタッフに伝わりやすくなります。例えば、アセトアミノフェンはブラジルでも"paracetamol(パラセタモール)"として通じます。
医療機関受診時の注意
- 都市部の私立病院・クリニック:国際水準の施設が存在し、英語対応可能なスタッフがいる場合もあります
- コスト目安:私立病院の初診費用は医療機関により大きく異なります。旅行保険の補償内容を事前に確認してください
- 旅行保険加入を強く推奨:海外で高度医療が必要になった場合の費用は非常に高額になる可能性があり、緊急搬送を含む包括的な旅行保険への加入が必須です
- 持参すべき書類:旅行保険の証書・連絡先、常用薬の成分名リスト(英語またはポルトガル語)、アレルギー情報のカード
蚊媒介感染症の詳細と予防戦略
デング熱(Dengue Fever)
疫学 ブラジルは世界最大のデング熱流行地域のひとつであり、ブラジル保健省の報告では年間100万件を超える症例が記録されています。4種類の血清型(DENV-1〜4)が国内で循環しており、異なる血清型への再感染は重症化リスクを高めることが知られています。
臨床症状と重症化の見極め
- 潜伏期:3〜14日(平均5〜7日)
- 典型症状:突然の高熱(39〜40℃)、激しい頭痛、眼球後部痛、筋肉痛・関節痛、皮疹
- 警戒サイン(受診を要する症状):発熱3〜7日後からの急激な腹痛、嘔吐、粘膜出血(歯肉出血等)、急激な血圧低下、著しい倦怠感
- 重症型(デング出血熱・デングショック症候群):血小板数の著明な低下と血漿漏出が特徴。致命率は適切な医療を受ければ1%未満だが、未治療では高くなります
予防・対応 デング四価ワクチン(CYD-TDV、製品名Dengvaxia)は一部の国で承認されていますが、感染歴のない人への接種では重症化リスクが増加したとの報告があり、現時点では日本人渡航者への一般的な推奨は困難です。物理的防御(蚊よけ剤・長袖・蚊帳)が第一選択となります。
薬剤師メモ デング熱に対する特異的抗ウイルス薬は現時点では存在せず、治療は対症療法(アセトアミノフェンによる解熱・鎮痛、輸液による循環維持)が中心です。繰り返しますが、NSAIDs(イブプロフェン・アスピリン等)はデング熱疑い時には禁忌です。発熱中はこまめな水分補給を行い、経口摂取が困難な場合は速やかに医療機関を受診してください。
ジカウイルス感染症(Zika Virus Disease)
疫学と特殊リスク ジカウイルスはAedes aegyptiを主な媒介蚊として感染し、デング熱と同じ蚊が媒介するため地理的リスクもほぼ重なります。ブラジルでは2015〜2016年に大規模流行が発生し、先天性小頭症(Congenital Zika Syndrome)との関連が世界的に注目されました。
- 妊婦・妊娠希望者への重要警告:妊娠中のジカウイルス感染は胎児の神経系に深刻な影響を及ぼす可能性があります(先天性小頭症、脳石灰化等)。妊婦および近い将来妊娠を希望する方はブラジルへの渡航を慎重に検討し、やむを得ず渡航する場合は最高レベルの蚊よけ対策を徹底してください
- 性感染リスク:ジカウイルスは精液・腟分泌液等の体液でも伝播し、性行為による感染が報告されています。感染可能性がある場合は帰国後も一定期間はコンドームの使用が推奨されます(CDCガイドライン参照)
症状
- 多くの感染者(約80%)は無症状または軽症(発熱・皮疹・結膜炎・関節痛)
- ギラン・バレー症候群(免疫介在性の末梢神経障害)との関連も報告されている
黄熱病(Yellow Fever)
疫学 ブラジル北部・中西部(アマゾン流域・セラード・パンタナル湿地帯)で流行。致命率は未治療時に高く、重症例では肝不全・腎不全・出血傾向が生じます。媒介蚊はHaemagogus属(森林性)とAedes属(都市部)の両方が関与します。
臨床経過
- 潜伏期:3〜6日
- 第一段階(3〜4日):突然の発熱・頭痛・腰背部痛・筋肉痛・悪心嘔吐
- 第二段階(症例の約15%が移行):発熱再燃・黄疸(肝機能障害)・出血傾向・腎不全・心拍数低下(Faget徴候)
予防 ワクチン接種が唯一の確実な予防法であり、流行地域への渡航前の接種は非常に重要です。ブラジルから他の国(アフリカの一部・アジアの一部)へ再入国する場合も、入国要件として接種証明書(黄熱病予防接種記録、旧称「イエローカード」)の提示が求められる場合があります。最新の入国要件は各国大使館または外務省海外安全情報で確認してください。
マラリア(Malaria)
アマゾン川流域(アマゾナス州・パラ州・ロライマ州等)はマラリアの高リスク地域です。ブラジルで流行するのは主にPlasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)ですが、P. falciparum(熱帯熱マラリア原虫)による重症例も報告されています。
化学予防薬(マラリア予防薬)
| 薬剤名(一般名) | 投与スケジュール目安 | 主な副作用 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| アトバコン・プログアニル配合 | 渡航前1〜2日前〜帰国後7日間(毎日) | 消化器症状(食後服用で軽減) | 短期渡航に適している |
| ドキシサイクリン | 渡航前1〜2日前〜帰国後4週間(毎日) | 光線過敏症・消化器症状 | 日焼け対策必須 |
| メフロキン塩酸塩 | 渡航前2〜3週間前〜帰国後4週間(週1回) | 神経精神症状(不眠・抑うつ) | 精神疾患歴者は慎重 |
薬剤師メモ マラリア予防薬は医師の処方が必要です。渡航地域・期間・個人の既往歴によって最適な薬剤が異なります。アトバコン・プログアニル配合剤は比較的副作用が少なく短期渡航に向いていますが、必ず食後に服用することで消化器症状(悪心・腹痛)を軽減できます。帰国後も発熱があれば、マラリアを念頭に医療機関を受診し「マラリア流行地域に渡航した」ことを必ず申告してください。潜伏期間は数週〜数ヶ月に及ぶ場合があります。
現地での薬品・医療用品の英語・ポルトガル語コミュニケーション
ブラジルの公用語はポルトガル語(ブラジル・ポルトガル語)であり、英語が通じる場面は限られます。薬局や医療機関では成分名を提示することが最も確実なコミュニケーション手段です。以下に主要な表現をまとめます。
| 状況 | 英語フレーズ | 主なポルトガル語 |
|---|---|---|
| 下痢止めを探す | Do you have something for diarrhea?(ドゥ ユー ハヴ サムシング フォー ダイアリーア?) | Tem algo para diarreia? |
| 解熱鎮痛薬 | I need a painkiller / fever reducer.(アイ ニード ア ペインキラー / フィーバー リデューサー) | Preciso de um analgésico / antifebril. |
| 蚊よけ剤 | Do you have insect repellent?(ドゥ ユー ハヴ インセクト リペレント?) | Tem repelente de insetos? |
| アレルギーがある | I'm allergic to __.(アイム アレルジック トゥ __) | Tenho alergia a __. |
| 救急・緊急 | I need emergency help.(アイ ニード エマージェンシー ヘルプ) | Preciso de socorro / ambulância. |
まとめ
ブラジル渡航に際して最も重要なポイントを以下に整理します。
- 事前準備が最優先:黄熱病ワクチン・A型肝炎ワクチンは渡航1ヶ月以上前に実施。マラリア流行地域渡航者は医師に予防薬を相談する
- 蚊対策が中核:DEET 20〜30%またはイカリジン 15〜20%配合の虫よけ剤を常備し、2〜3時間ごとに再塗布。長袖・長ズボン・蚊帳を併用する
- 発熱時のNSAIDs禁忌:デング熱疑いの場合はイブプロフェン・アスピリンを使用せず、アセトアミノフェンのみで対症療法を行い速やかに受診する
- 飲食衛生の厳格管理:市販ペットボトル水のみを使用し、加熱済み食材を選択。露店・生野菜は原則避ける
- 旅行者下痢症への備え:ロペラミド塩酸塩・経口補水塩・医師処方の抗菌薬を事前に準備する
- 妊婦・妊娠希望者は特別注意:ジカウイルス感染の胎児リスクから、渡航の要否を医師と十分に相談する
- 気候別対策:雨季(11〜3月)は蚊よけ最重視、乾季(4〜10月)は紫外線・脱水対策を強化する
- 旅行保険加入:海外での医療費は高額になる可能性があり、包括的な旅行保険への加入が必須
- 言語対応:薬局・医療機関では成分名(一般名)をメモし、翻訳アプリを活用。基本的なポルトガル語フレーズも準備しておくと安心
- 最新情報の確認:渡航前に外務省海外安全情報・厚生労働省検疫所(FORTH)・WHOの最新感染症情報を必ず確認する
[[dengue-vaccine-guide]] [[malaria-prevention-drugs]] [[traveler-diarrhea-management]]
参考文献
- World Health Organization (WHO). "Dengue and severe dengue." https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/dengue-and-severe-dengue
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). "Yellow Fever Vaccine." https://www.cdc.gov/yellowfever/vaccine/index.html
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). "Zika Virus." https://www.cdc.gov/zika/index.html
- 厚生労働省検疫所 FORTH. 「ブラジルの感染症・衛生情報」 https://www.forth.go.jp/destination/southamerica/brazil.html
- 国立感染症研究所. 「デング熱とは」 https://www.niid.go.jp/niid/ja/dengue-m/dengue-idsc/2391-dengue.html
- World Health Organization (WHO). "Malaria prophylaxis." https://www.who.int/publications/i/item/9789241549127
監修: 薬剤師(博士(薬学))