ブラジルの医薬品持ち込み規制の全体像
ブラジルへの渡航時、処方薬・市販薬の持ち込みには厳格なルールが存在します。南米最大規模の経済を持つブラジルは、医薬品の不正流入や乱用を防ぐため、税関による審査が他国以上に厳格です。特にブラジル国家衛生監視局(ANVISA: Agência Nacional de Vigilância Sanitária)の監視下にある医薬品については、事前の書類準備が必須です。
2025年現在、日本とブラジル間に医薬品輸入の相互取決めはなく、すべての医薬品は個人使用分であっても税関に申告し、ブラジル当局が承認した医薬品か否かの判断を受けます。ANVISAはWHOの医薬品規制基準に準拠しながらも、独自の承認制度(Registro de Medicamentos)を運用しており、日本国内でANVISAに対応した承認を受けていない製品は「未登録品」として扱われます。
ブラジルの医薬品規制体系
ANVISAはブラジル保健省(Ministério da Saúde)傘下の独立行政機関として、医薬品・医療機器・食品・化粧品にわたる広範な監視業務を担います。特に管理薬物(Substâncias Controladas)については、Resolution RDC No. 204/2017 および Resolution RDC No. 471/2021 を根拠法令として規制が行われています。日本の麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)に相当する規制がこれにあたります。
渡航者が実務上注意すべき点は、ANVISAが「個人輸入(importação por conta própria)」と「個人携行持ち込み(bagagem de mão)」を別制度として扱っていることです。航空機で直接携行する医薬品は後者として扱われ、数量・書類の要件がやや緩和されているものの、麻薬・向精神薬に分類される成分は携行でも規制対象となります。
この記事では、薬剤師として実務的なポイントを、薬学的な背景も含めて解説します。
ブラジル入国時に知っておくべき3つの原則
1. 持ち込み許可の基本ルール
ブラジルでは、個人の医療目的に限定した医薬品の持ち込みは原則として認められています。ただし以下の条件を満たす必要があります。
- 本人の自己使用に限定される量(一般的に30日分以内を目安とする)
- ブラジル内で認可されている医薬品、または医学的に必要が認められるもの
- 適切な処方箋・医学証明書を携帯している
- 税関に申告している
「30日分以内」はあくまで目安であり、ANVISAおよびブラジル連邦税務局(Receita Federal)が実務上参照する量的基準です。これを超える場合は商業目的とみなされるリスクが高まるため、長期渡航者は後述のケース2を参照してください。
薬剤師メモ ブラジル当局は「医学的必要性(necessidade médica)」の判断を厳格に行います。処方箋がない市販薬であっても、医学的背景があれば許可される可能性がありますが、医師の英文説明書があると大幅に審査が迅速化します。市販薬であっても、日本で処方されている薬と同一成分を含む場合は「処方箋医薬品相当」として扱われることがあるため、書類は余裕を持って準備しましょう。
2. 日本で医療用医薬品を処方されている場合
処方薬を持ち込む際は、日本の医師や薬剤師から以下の書類を用意してください。
| 書類 | 内容 | 言語 | 重要度 |
|---|---|---|---|
| 処方箋のコピー | 医師の署名が必須 | 英語またはポルトガル語 | ★★★ |
| 医学証明書 | 医師が作成、治療必要性を記載 | 英語またはポルトガル語 | ★★★ |
| 医薬品リスト | 成分名・用量・使用期間を明記 | 英語またはポルトガル語 | ★★★ |
| 薬剤師の説明書 | 一般名称での記載、用法用量 | 英語またはポルトガル語 | ★★ |
| 原始薬瓶 | 医薬品ラベルに処方者情報がある状態 | 日本語可 | ★★★ |
処方箋のコピーに記載される成分名は、INN(International Nonproprietary Name:国際一般名称) で記載することが望ましいです。例えば「ロキソニン」ではなく「loxoprofen sodium」、「タイレノール」ではなく「acetaminophen(またはparacetamol)」と記載することで、ブラジルの税関職員や医療審査官が成分を即座に確認できます。日本の商標名はブラジルでは通用しないケースがほとんどです。
薬剤師メモ 最も重要なのは英文またはポルトガル語の医師の署名入り医学証明書です。日本語や日本の処方箋だけでは認められません。出国前(最低1週間前、理想は2週間前)に医療機関で英文書類の作成依頼をしましょう。なお、薬剤師が作成できる「薬剤師証明書(Pharmacist Letter)」も補足書類として有効ですが、あくまで医師の証明書の補完であり、代替にはなりません。
3. 処方箋なし市販薬の持ち込み
日本の薬局で購入できる風邪薬、胃腸薬、軟膏などは、原則として個人使用量であれば持ち込み可能です。ただし以下の制限があります。
- 同一医薬品は2箱程度まで(30日分の目安)
- 医学的に不合理な量は没収される可能性
- ブラジル国内で同等品が入手可能な場合は差し止め対象
市販薬であっても成分によっては管理対象になることがあります。例えば、エフェドリン(ephedrine)やプソイドエフェドリン(pseudoephedrine)を配合した市販の鼻炎薬・感冒薬は、ブラジルではANVISAの管理薬物リストに掲載されており、所持・使用に書類が必要となる場合があります。日本で購入した市販薬の成分表示を事前に確認し、配合成分が管理対象でないかを確認する習慣を持ちましょう。
絶対に持ち込んではいけない医薬品・成分
ブラジルで規制されている代表的成分と薬学的背景
以下の成分を含む医薬品は、処方箋があっても個人携行での輸入は認められないか、または厳格な制限が課されます。
| 成分分類 | 具体例(一般名) | ブラジルステータス | 対応策 |
|---|---|---|---|
| 麻薬性鎮痛薬 | コデイン、モルヒネ、オキシコドン | 携行禁止(医療機関経由のみ) | ブラジル現地の医師に相談 |
| ベンゾジアゼピン系 | アルプラゾラム、ジアゼパム、ニトラゼパム | 処方箋必須かつ携行制限 | 医学証明書+事前確認必須 |
| 中枢神経刺激薬 | メチルフェニデート、アンフェタミン類 | 厳格規制・原則携行不可 | 事前にブラジル大使館で確認 |
| 睡眠薬(非BZD系) | ゾルピデム、エスゾピクロン | 管理薬物扱い | 医学証明書が必須 |
| 抗がん薬 | ほぼすべての細胞毒性薬 | 医療機関経由のみ | 現地医療機関との事前調整 |
| ステロイド注射剤 | デキサメタゾン注射剤など | 制限あり | 医学証明書が必須 |
| プソイドエフェドリン配合薬 | 一部の市販感冒薬 | 管理薬物扱い | 成分を除いた代替品を選択 |
ベンゾジアゼピン系薬とZ薬の薬学的特性と規制根拠
ベンゾジアゼピン系薬(アルプラゾラム、ジアゼパム、ニトラゼパムなど)は、GABA-A受容体のベンゾジアゼピン結合部位に作用し、GABAの抑制効果を増強することで抗不安・鎮静・筋弛緩・抗けいれん効果を発揮します。治療上の有用性が高い一方、身体依存・精神依存・乱用ポテンシャルが高いことから、国際麻薬統制委員会(INCB)が管理する1971年向精神薬条約(Convention on Psychotropic Substances)のスケジュールIVに分類されており、ブラジルもこの条約締約国として管理を行っています。
ゾルピデムなどのいわゆる「Z薬(非ベンゾジアゼピン系睡眠薬)」もベンゾジアゼピン受容体に作用するため、薬理学的にはベンゾジアゼピン系と類似した依存性リスクがあるとしてANVISAの管理対象です。
コデインはCYP2D6(シトクロムP450 2D6)によってモルヒネに代謝されるプロドラッグであり、麻薬の前駆体としてブラジルでは非常に厳格に規制されています。日本では市販の咳止め薬に少量配合されているケースがありますが、コデインを含む市販薬はブラジルへの携行が原則認められないと考えてください。
薬剤師メモ アルプラゾラムやジアゼパムは日本で一般的な処方薬ですが、ブラジルでは向精神薬として非常に厳格に規制されています。不安症や睡眠障害で処方されている場合、渡航期間が短期(1〜2週間)であれば持ち込みを諦め、長期渡航の場合はブラジル現地の医師に事前に相談し、現地処方を取得することを強く推奨します。急な断薬は離脱症状(不安増悪、不眠、発汗、頻脈、まれにけいれん)を引き起こす可能性があるため、渡航前に主治医と減薬・代替薬について必ず相談してください。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRIへの切り替えが渡航前から可能であれば、その選択肢も検討する価値があります。
メチルフェニデートとADHD治療薬
注意欠如・多動症(ADHD)の治療薬として使用されるメチルフェニデート(日本ではコンサータなど)は、中枢神経に作用してドーパミン・ノルエピネフリンの再取り込みを阻害する中枢神経刺激薬です。国際条約のスケジュールII相当に分類される管理物質であり、ブラジルでは個人携行での持ち込みは原則不可と考えてください。ADHDの治療継続が必要な場合は、渡航前にブラジル大使館に問い合わせを行い、現地の専門医との受診計画を立てることが必須です。
持ち込み可能な市販薬の実例と薬学的解説
よく使われる医薬品の持ち込み可否判定表
| 医薬品一般名 | 日本での販売形態 | 持ち込み可否 | 必要な書類 | 注記 |
|---|---|---|---|---|
| アセトアミノフェン | 市販・処方 | ✓ 可 | なし | 2箱程度まで(目安) |
| イブプロフェン | 市販・処方 | ✓ 可 | なし | 2箱程度まで(目安) |
| ロキソプロフェン | 市販・処方 | ✓ 可 | 医学証明書推奨 | 処方薬扱いの場合 |
| オメプラゾール | 処方箋 | ✓ 可 | 医学証明書 | 医師処方の場合 |
| クロルフェニラミン | 市販・処方 | ✓ 可 | 医学証明書推奨 | 処方薬の場合 |
| セチリジン | 市販・処方 | ✓ 可 | 医学証明書推奨 | 抗ヒスタミン薬 |
| ロペラミド | 市販・処方 | ✓ 可 | なし | 下痢止め、少量なら問題なし |
| ビタミン製剤 | 市販・処方 | ✓ 可 | なし | 量の制限なし(目安) |
| 絆創膏・軟膏類 | 市販 | ✓ 可 | なし | 一般医療用品 |
| ベタメタゾン・デキサメタゾン外用薬 | 処方箋 | ✓ 可(要確認) | 医学証明書必須 | 全身用注射剤は別扱い |
| アモキシシリン | 処方箋 | ✗ 不可(要確認) | N/A | 現地医師処方が原則 |
| コデイン配合製剤 | 市販・処方 | ✗ 不可 | N/A | 麻薬前駆物質 |
| ジフェンヒドラミン配合の睡眠補助薬 | 市販 | △ 要確認 | 医学証明書推奨 | 抗ヒスタミン成分のみなら可の可能性あり |
薬剤師メモ 上記の判定は一般的な目安であり、個別の製品に含まれる全成分を確認することが重要です。日本の市販薬は多成分配合製剤が多いため、一見問題ない薬でも規制対象成分が含まれている場合があります。渡航前に薬局で薬剤師に成分を確認し、必要であれば単成分製剤に切り替えることも検討してください。
解熱鎮痛薬の薬学的特性
アセトアミノフェンはシクロオキシゲナーゼ(COX)の中枢性抑制作用により解熱・鎮痛を発揮しますが、抗炎症作用は弱く、胃腸障害リスクが低いため、高齢者・胃腸が弱い方・妊婦への第一選択薬です。1日最大用量は成人で4,000mg(目安)ですが、肝機能障害者や飲酒習慣がある方では肝毒性リスクに注意が必要です。
イブプロフェンやロキソプロフェンなどのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は、COX-1およびCOX-2を阻害することで解熱・鎮痛・抗炎症作用を発揮します。胃粘膜保護作用を持つプロスタグランジンの産生も抑制するため、胃腸障害(胃潰瘍、消化管出血)のリスクがあり、食後服用が基本です。腎機能が低下している方では腎血流量低下による腎機能悪化に注意が必要です。NSAIDsとアルコール(カイピリーニャなどブラジルの強いカクテル)の組み合わせは胃腸障害リスクを高めるため注意してください。
抗ヒスタミン薬と花粉症・アレルギー薬
クロルフェニラミン(第一世代抗ヒスタミン薬)は血液脳関門を通過しやすく、眠気・口渇・排尿困難などの中枢性・抗コリン性副作用が出やすい特性があります。ブラジルの暑熱環境下では発汗抑制による体温調節障害が起きる可能性があるため、熱帯気候での使用時は特に注意が必要です。
セチリジンやフェキソフェナジンなどの第二世代抗ヒスタミン薬は中枢移行が少なく眠気が生じにくいため、運転・作業を要するビジネス渡航者に適しています。これらはブラジルでも入手可能な成分ですが、商品名が異なるため、一般名での確認が重要です。
必要書類の準備方法と具体的な記載例
医学証明書の日本での作成手順
-
医療機関に依頼(出国2週間前が目安)
- 「ブラジルへの渡航に必要な英文医学証明書」と明確に伝える
- 服用している全医薬品の成分名(一般名・INN)を伝える
- 費用は医療機関によって異なるが、文書料として数千円程度が一般的(目安)
-
医師に記載させるべき項目
- 患者の氏名・パスポート番号
- 診断名(正式な医学用語・可能であればICD-10コードも)
- 処方医薬品の一般名称(INN)・用量・用法・使用期間
- 医学的必要性の説明文
- 医師の署名・捺印・発行日
- 医療機関の公式記録用紙使用
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言語
- 英語またはポルトガル語が正式
- 英語推奨(ブラジル税関での審査が迅速化する)
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補足書類としての薬剤師証明書
- 薬局の薬剤師による服薬状況証明書(Pharmacist Letter)を添付すると、成分情報の正確性を補強できる
- 処方内容・一般名・国際名を明記した英文書類を依頼する
英文医学証明書の記載例テンプレート
CERTIFICATE OF MEDICAL NECESSITY
TO WHOM IT MAY CONCERN,
This certifies that [患者名], passport number [パスポート番号], is under my medical care for [診断名(ICD-10コード推奨)].
I hereby confirm that the following medications are medically necessary for the patient's health during his/her stay in Brazil from [入国日] to [出国日].
Medication List:
- [INN一般名称], [用量], [用法(例: twice daily after meals)], [使用予定期間]
- [同上]
These medications are essential for the patient's medical treatment and contain no narcotic or controlled substances except as prescribed for medical purposes.
Physician's Name: [医師名] Medical License Number: [医師免許番号] Signature: [署名] Date: [日付] Medical Facility: [医療機関名・住所] Contact: [医療機関の電話番号・メールアドレス]
処方箋の英訳における注意点
日本の処方箋をそのままコピーしても、ブラジルの税関職員は日本語を読めません。英訳するか、英語での別紙証明書を作成することが基本です。処方箋の英訳に際しては以下の対応を行ってください。
- 商品名(ブランド名)ではなくINN一般名を使用する
- 用法表記は "twice daily"(1日2回)、"once daily at bedtime"(就寝前1日1回)など英語標準表記を使用する
- 用量は数字と単位を明記(例: 500mg per dose)
- 診断名はICD-10コードと英語医学名を併記する
薬剤師メモ 医学証明書は原本のコピーを2部作成し、1部は日本に保管、1部をブラジル行きにしましょう。税関で書類を提出した場合でも手元に控えが残ります。スマートフォンのPDF(クラウドバックアップ含む)も有効な保険策です。なお、一部の国際空港ではQRコード付き電子書類が受け入れられるケースもありますが、紙の原本も必ず携行してください。
ブラジル税関での申告・手続き方法
主要空港(グアルリョス国際空港・ガレオン国際空港)到着時の流れ
サンパウロ・グアルリョス国際空港(Aeroporto Internacional de Guarulhos)およびリオデジャネイロ・ガレオン国際空港は、日本からの直行便・乗り継ぎ便の主要着陸地点です。
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入国書類作成
- 電子申告システム(e-DBF: Declaração de Bens de Viajantes)で医薬品所持を申告
- 紙の申告書がある場合は、医薬品の種類・数量を記載
- 処方薬は必ず「SIM(はい)」の欄に記入
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税関ゲート通過
- 「I have prescription medications.(アイ ハヴ プリスクリプション メディケーションズ)」と申告
- 英文医学証明書を提示
- 医薬品は取り出しやすいよう、バッグの外側ポケットや上部に収納しておく
-
検査官への対応
- 落ち着いた態度で対応(ポルトガル語が話せなくても英語で対応可能)
- 「Personal use only.(パーソナル ユース オンリー)」を繰り返す
- 医学証明書・処方箋コピーは複数部用意しておく
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X線検査での対応
- 注射器・注射針は医療目的であれば持ち込み可能だが、必ず医学証明書を準備
- インスリン使用者は「I am a diabetic and need to carry insulin and syringes.(アイ アム ア ダイアベティック アンド ニード トゥ キャリー インスリン アンド シリンジズ)」と伝える
よくある質問と対応例
| 検査官の質問 | 推奨回答(英語+カナ) |
|---|---|
| これは商売ですか? | No, these are for my personal medical use only. I have a doctor's certificate.(ノー ディーズ アー フォー マイ パーソナル メディカル ユース オンリー アイ ハヴ ア ドクターズ サーティフィケート) |
| なぜこの薬が必要ですか? | Because I have [病名]. I need to take this medication daily during my stay.(ビコーズ アイ ハヴ ○○ アイ ニード トゥ テイク ディス メディケーション デイリー デュアリング マイ ステイ) |
| 量が多いのでは? | This is for [滞在日数] days. My doctor calculated the necessary amount.(ディス イズ フォー ○○ デイズ マイ ドクター キャルキュレイテッド ザ ネセサリー アマウント) |
| ブラジルで同じ薬は買えますか? | My doctor advised me to bring my own medication to ensure continuity of treatment.(マイ ドクター アドバイズド ミー トゥ ブリング マイ オウン メディケーション トゥ エンシュア コンティニュイティ オブ トリートメント) |
薬剤師メモ ブラジル税関職員は医療従事者ではないため、医学的な詳細説明は逆効果になることもあります。シンプルに「医師の指示(doctor's instructions)」「医学的必要性(medical necessity)」をキーワードとして繰り返すことが最も有効です。また、書類はすべてクリアファイルにまとめて整理しておき、求められた際に迷わず提示できる状態にしておきましょう。
特殊ケース別の対応
ケース1:インスリン・生物学的製剤を持ち込む場合
糖尿病でインスリン注射を使用している場合、または関節リウマチ・炎症性腸疾患でバイオ医薬品(生物学的製剤)を使用している場合は、以下の対応が必要です。
- 医学証明書は医学的根拠が明確なため比較的承認されやすい
- コールドチェーン(冷蔵管理)の維持が重要。温度管理記録(2〜8℃保存が必要な製剤が多い)を保管
- 機内での冷蔵保管要請は事前にエアラインに連絡(多くの航空会社は医療品の冷蔵保管に対応)
- 注射針・注射器は医療目的であることを医学証明書で明示
- ブラジル現地の医療機関・薬局で同等品の緊急入手ルートを事前確認
- インスリンの単位(U)は混同しやすいため、製品名・濃度(例: 100 U/mL)を証明書に明記
生物学的製剤(例: TNF-α阻害薬、IL-6阻害薬)は高額かつ保存条件が厳しいため、現地での代替入手は現実的でないケースが多いです。渡航期間をカバーする十分な量を持参し、冷蔵を必要とする製剤は医療用保冷バッグと温度計を携行してください。
ケース2:長期渡航者(3ヶ月以上)の場合
- 30日分程度を上限とした日本の医薬品携行が目安であり、それ以降はブラジル現地医療に頼る必要がある
- サンパウロ、リオデジャネイロ、ブラジリアなど主要都市には外国語対応の医療機関が存在するが、日本語対応は限定的なため英語または現地語(ポルトガル語)での対応準備が必要
- ビザ申請時に「医療継続の必要性」について大使館に問い合わせ、必要であれば医療関連ビザ(Visto Médico)の取得可能性を確認
- 可能な限りブラジルで同等品が入手可能な医薬品に切り替えることを主治医に相談する。例えば日本独自の処方薬(ロキソプロフェンなど)は現地で入手困難な場合があるため、イブプロフェンやアセトアミノフェンなどの国際的に普及した成分への切り替えを検討する
- 慢性疾患の管理薬(降圧薬、糖尿病治療薬、甲状腺ホルモン薬など)は、ブラジルで同一または同等成分の製品がANVISA承認を受けているか事前に確認することが重要
ケース3:子ども向け医薬品を持ち込む場合
- 子ども用市販薬(シロップ剤・粉薬)は通常問題なく持ち込み可能
- ただし鎮静成分を含むもの(ジフェンヒドラミン配合の一部製品など)は管理薬物に該当する可能性があるため成分確認が必須
- 小児科医の英文医学証明書があると審査が迅速化する
- 体重別用量の記載書類も用意(小児薬物療法では体重kg当たりの用量が標準のため、子供の体重と処方用量の計算根拠を示す文書があると有効)
- 液剤(シロップ)は液体持ち込みの航空セキュリティルール(100mL以下・ジップロック袋)とは別に医療用品扱いとなるが、航空会社への事前確認が推奨される
ケース4:帰国時にブラジルで購入した医薬品を日本に持ち帰る場合
ブラジルから日本への医薬品持ち帰りにも注意が必要です。日本の薬事法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)では、個人輸入として持ち帰る医薬品の数量に制限があります。
- 医薬品(外用薬を除く)は2ヶ月分以内(処方薬は1ヶ月分以内)が個人輸入の目安
- ブラジルで処方を受けた管理薬物を日本に持ち帰る場合は、厚生労働省への事前申請(携帯輸入届)が必要
- ブラジルの市販薬の成分が日本で規制対象となっている場合があるため、購入前に成分確認が必要
最新情報の確認先と事前相談
公式情報源
| 機関 | 確認項目 | URL |
|---|---|---|
| ブラジル国家衛生監視局(ANVISA) | 医薬品承認リスト・管理薬物規制 | https://www.anvisa.gov.br/ |
| ブラジル大使館(東京) | 最新の医薬品持ち込み規制 | https://www.br.emb-japan.go.jp/ (※日本ブラジル大使館) |
| 日本外務省 海外安全情報 | ブラジル渡航安全情報 | https://www.anzen.mofa.go.jp/ |
| 厚生労働省 医薬品の個人輸入 | 日本への持ち帰り規制 | https://www.mhlw.go.jp/ |
| 国際麻薬統制委員会(INCB) | 管理薬物の国際規制 | https://www.incb.org/ |
薬剤師メモ ANVISAの公式医薬品検索システム(Consultar Medicamentos Registrados)を事前に確認することで、持ち込む医薬品の成分がブラジル国内で承認されているか確認できます。ANVISAのウェブサイトはポルトガル語ですが、Google翻訳を併用することで概要の把握は可能です。また、ブラジル渡航経験のある日本の薬剤師や、海外対応の医療機関での事前相談も検討してください。
出国前チェックリスト
- パスポートの有効期限・番号を確認
- 英文医学証明書を医師に作成依頼(出国2週間前)
- 医学証明書を2部印刷(1部は日本に保管)
- 処方箋のコピー(英文)を2部用意
- 医薬品リスト(INN一般名・用量・使用期間)を英語で作成
- 医薬品は原始瓶のまま持ち込む(ラベルを損傷しない・剥がさない)
- コデイン・プソイドエフェドリン配合成分がないか市販薬の成分を確認
- 航空会社に医薬品の機内持ち込みルール(液体・注射器等)を確認
- ブラジル大使館の最新情報をWebで確認
- ANVISAの医薬品検索で持ち込み医薬品の承認状況を確認
- インスリン・生物学的製剤は冷蔵管理の準備(医療用保冷バッグ・温度計)
- 緊急連絡先(ブラジルの日本大使館・現地病院・加入保険の連絡先)をメモ
- 海外旅行保険の「疾病治療費用」「携行品損害」を確認
まとめ
- 基本ルール:ブラジルへは個人医療用途に限定し、30日分以内(目安)、税関申告必須で医薬品持ち込み可能。ANVISAが医薬品規制の主管機関。
- 必須書類:英文またはポルトガル語の医師署名入り医学証明書が最優先。成分名はINN(国際一般名)で記載。処方箋のコピーと薬剤師証明書も補足書類として有効。
- 禁止・制限成分:麻薬性鎮痛薬(コデイン・モルヒネ等)、ベンゾジアゼピン系薬(アルプラゾラム・ジアゼパム等)、Z薬(ゾルピデム等)、中枢神経刺激薬(メチルフェニデート等)、プソイドエフェドリン配合薬は原則携行不可または厳格な制限対象。
- 市販薬:アセトアミノフェン、イブプロフェン、ロペラミド、抗ヒスタミン薬(単成分・第二世代推奨)、ビタミン製剤は1種類2箱程度なら申告で持ち込み可。コデイン・プソイドエフェドリン配合品は不可。
- 薬学的注意点:NSAIDsとアルコールの組み合わせによる胃腸障害リスク、第一世代抗ヒスタミン薬の暑熱環境での体温調節障害リスクに注意。ベンゾジアゼピン系薬の急な断薬は離脱症状を引き起こす可能性があるため、渡航前に主治医に相談。
- 出国準備:医療機関での書類作成に最低2週間かかることを想定し、早期準備が重要。成分名の英語(INN)表記を薬剤師に確認。
- 現地対応:税関では「医師指示(doctor's instructions)」「医学的必要性(medical necessity)」をシンプルに英語で説明。書類はクリアファイルで整理して即提示できる状態に。
- 長期滞在:3ヶ月以上の場合は現地医療機関との連携を事前検討し、ブラジルで入手可能な同等成分薬への切り替えを主治医に相談。
- 最新確認:出国前に外務省・ANVISA・ブラジル大使館の公式サイトで最新情報を必ず確認。規制は改定されることがあるため、出国直前の確認も怠らない。
参考文献・公式情報源
-
ANVISA(ブラジル国家衛生監視局)「Controle de Medicamentos」公式ページ https://www.gov.br/anvisa/pt-br/acessoainformacao/acoes-e-programas/controle-de-medicamentos
-
INCB(国際麻薬統制委員会)「Convention on Psychotropic Substances 1971」 https://www.incb.org/incb/en/psychotropics/psychotropics-conventions/convention_1971.html
-
厚生労働省「医薬品の個人輸入について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/kojinyunyu/
-
日本外務省「ブラジル連邦共和国 安全情報」 https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo_008.html
-
WHO「International Nonproprietary Names(INN)」 https://www.who.int/teams/health-product-and-policy-standards/inn
監修: 薬剤師(博士(薬学))