風邪のひきはじめに効く漢方——葛根湯・麻黄湯・桂枝湯・銀翘散

「風邪をひいたら葛根湯」——この常識、実は半分しか当たっていません。漢方の風邪薬は、体質(実証か虚証か)と病邪の性質(寒か熱か)、そして発症からの時間によって、まったく違う処方を使い分けます。間違えれば効かないどころか、汗をかきすぎて消耗したり、動悸や血圧上昇を招いたりすることもあります。

本記事では、風邪のひきはじめ24〜48時間に使われる代表的な漢方処方——葛根湯・麻黄湯・桂枝湯・小青竜湯・銀翘散——の使い分けを、証(しょう)の判定ポイントとともに整理します。

風邪のひきはじめは「48時間」が勝負

風邪はウイルス感染症です。感染初期はウイルスがまだ上気道局所にとどまっており、全身の免疫応答が本格化する前のこの段階で「発汗解表(はっかんげひょう)」——汗をかかせて体表の邪を追い出す——という漢方の戦略が最も効果を発揮します。

漢方医学では、この初期段階を『傷寒論』の用語で「太陽病(たいようびょう)」と呼びます。

  • 体表(太陽の経絡)に邪気がある段階
  • 悪寒、発熱、頭痛、項のこわばりが特徴
  • 発症からおおむね1〜2日以内
  • この時期を逃すと邪が体内に深く入り、別の処方(柴胡剤など)が必要になる

「ゾクッとしたら、その日のうちに」が漢方風邪薬の鉄則です。発症3日目以降に葛根湯を飲んでも効果は限定的、というのは現場感覚としても一致するところです。

証で選ぶ:実証/虚証・寒/熱の2軸

風邪の漢方を選ぶ最大の分かれ道が、次の2つの軸です。

体力の軸:実証 vs 虚証

  • 実証:体力がしっかりあり、発熱・悪寒も力強い。汗が出にくい。脈に力がある
  • 虚証:体力が弱く、汗をかきやすい。悪寒はあるがぐったり感が強い。脈が弱い

病邪の軸:寒邪 vs 熱邪

  • 寒邪:ゾクゾクする悪寒が前面に出る。透明な鼻水、薄い痰。冬に多い
  • 熱邪:のどの痛みと発熱が前面に出る。口が渇く。黄色い鼻水・痰。春や夏に多い

この組み合わせで、おおまかな処方の方向性が決まります。

体力\病邪 寒邪(悪寒主体) 熱邪(咽痛主体)
実証(体力あり) 葛根湯/麻黄湯 銀翘散
虚証(体力なし) 桂枝湯 銀翘散(少量)
鼻水・くしゃみ主体 小青竜湯

葛根湯(かっこんとう)——最もメジャーな実証寒証の処方

出典:『傷寒論』太陽病篇

構成生薬

葛根(かっこん)・麻黄(まおう)・桂枝(けいし)・芍薬(しゃくやく)・甘草(かんぞう)・生姜(しょうきょう)・大棗(たいそう)の7味。

適応の目安

  • 実証で寒証
  • ゾクゾクする悪寒
  • 項(うなじ)から背中にかけてのこわばり、肩こり感
  • 発熱はあってもなくてもよい
  • 汗が出ていない(汗が出てしまっている人には不向き)
  • 発症1〜2日以内

葛根湯の最大の特徴は「項背強急(こうはいきょうきゅう)」——うなじから背中のこわばりです。「肩がこって風邪っぽい」という訴えは葛根湯のサインの一つで、肩こり単独にも応用されます。

使い方のコツ

  • 食前または食間に、お湯に溶かして温服
  • 服用後は布団に入って軽く汗ばむまで休む
  • 1〜2回分服用しても変化がなければ、証が違う可能性を考える

麻黄湯(まおうとう)——強実証・高熱・節々の痛みに

構成生薬

麻黄・桂枝・杏仁(きょうにん)・甘草の4味。麻黄の含有量が葛根湯より多く、より強力な発汗作用を持ちます。

適応の目安

  • 強実証(体力充実)で寒証
  • ゾクゾクを通り越して震えるほどの悪寒戦慄
  • 39度前後の高熱
  • 全身の節々の痛み、筋肉痛
  • 汗なし、頭痛
  • 発症ごく初期

インフルエンザ初期に麻黄湯が使われることがあり、抗インフルエンザ薬と同等の解熱期間短縮を示した臨床試験報告もあります(あくまで一報告であり、適応判断は医師に)。

注意

麻黄湯は作用が強い分、虚証・高齢者・心疾患のある方には使えません。「ぐったりして寒気がする」という見た目だけで判断せず、脈や体格、既往歴を含めて選ぶ必要があります。

桂枝湯(けいしとう)——虚証で汗をかいている風邪に

構成生薬

桂枝・芍薬・甘草・生姜・大棗の5味。麻黄を含まないのが最大のポイントです。

適応の目安

  • 虚証(体力低下、虚弱者、高齢者、産後など)
  • 悪寒と発熱はあるが、すでに汗がじっとり出ている
  • 脈が弱い
  • 「葛根湯を飲んだら汗が出すぎてぐったりした」タイプの人

『傷寒論』では桂枝湯は「衆方の祖」とも呼ばれ、最も基本的な処方とされています。麻黄を含まないので動悸や血圧への影響が少なく、虚弱な人にも使いやすいのが特徴です。

葛根湯と桂枝湯の見分け方

項目 葛根湯(実証) 桂枝湯(虚証)
体力 普通〜充実 低下、虚弱
出ていない じっとり出ている
悪寒 強い、項背のこわばりあり あるが穏やか
浮で力あり 浮で弱い

小青竜湯(しょうせいりゅうとう)——水っぽい鼻水・くしゃみに

構成生薬

麻黄・桂枝・芍薬・半夏(はんげ)・細辛(さいしん)・五味子(ごみし)・乾姜(かんきょう)・甘草の8味。

適応の目安

  • 寒証で水様性(透明・サラサラ)の鼻汁
  • くしゃみ連発
  • 薄い痰、咳
  • アレルギー性鼻炎、花粉症の急性増悪にも応用される

「鼻水が滝のように出る」「冷たい空気で鼻症状が悪化する」タイプに合います。逆に黄色いドロッとした鼻汁は熱証傾向で、小青竜湯の適応ではありません。

麻黄を含むため、後述の副作用注意は葛根湯・麻黄湯と共通です。

銀翘散(ぎんぎょうさん)——熱証の咽痛・発熱に

構成生薬

金銀花(きんぎんか)・連翹(れんぎょう)・牛蒡子(ごぼうし)・桔梗(ききょう)・薄荷(はっか)・淡豆豉(たんとうし)・荊芥穂(けいがいすい)・淡竹葉(たんちくよう)・甘草・芦根(ろこん)など。

出典と位置づけ

『温病条弁(うんびょうじょうべん)』に収載される、清代の温病学派の代表処方。傷寒論系(葛根湯など)が「寒邪」を扱うのに対し、温病学派は「熱邪」「温邪」を扱います。

適応の目安

  • 熱証
  • のどの痛みが前面に出る
  • 発熱、口渇
  • 黄色い鼻汁・痰
  • 春〜夏の風邪、扁桃炎初期、夏風邪

「ゾクゾクよりも、のどがイガイガ・ヒリヒリ」「冷たい飲み物が欲しい」という訴えは銀翘散のサインです。

入手の注意

銀翘散は日本では医療用漢方製剤として保険収載されておらず、一部のOTCや薬局製剤、海外輸入品(中国・台湾製)として流通しています。個人輸入の場合は品質管理や成分表示の確認に注意が必要で、信頼できる薬局・漢方専門医を経由するのが無難です。

風邪初期処方の比較表

処方 主訴 麻黄 甘草
葛根湯 実・寒 悪寒+項背こわばり あり あり なし
麻黄湯 強実・寒 悪寒戦慄+高熱+体痛 多い あり なし
桂枝湯 虚・寒 悪寒+汗あり なし あり あり
小青竜湯 寒(水滞) 水様鼻汁・くしゃみ あり あり 問わず
銀翘散 咽痛+発熱+口渇 なし あり 問わず

麻黄と甘草——必ず知っておくべき副作用

漢方は「自然由来だから安全」という誤解がいまだに根強いですが、上記5処方には現代医学的に注意すべき成分が含まれています。

麻黄(マオウ)

主成分はエフェドリン類アルカロイド。交感神経刺激作用を持ち、以下のリスクがあります。

  • 動悸、頻脈
  • 血圧上昇
  • 不眠、興奮
  • 排尿障害(前立腺肥大の悪化)
  • 発汗過多による脱水

特に注意が必要な人:

  • 心疾患、不整脈のある方
  • 高血圧、甲状腺機能亢進症の方
  • 高齢者(脱水・心血管イベントリスク)
  • 前立腺肥大、緑内障のある方
  • カテコラミン製剤、MAO阻害薬を服用中の方

葛根湯・麻黄湯・小青竜湯はいずれも麻黄を含みます。桂枝湯と銀翘散は麻黄を含まないので、これらの懸念がある方の選択肢になり得ます。

甘草(カンゾウ)

主成分はグリチルリチン。長期・高用量で偽アルドステロン症(低カリウム血症、浮腫、高血圧、ミオパチー)を起こすことがあります。

  • 風邪の数日服用ではリスクは低い
  • ただし他の漢方(芍薬甘草湯など)や甘草含有食品(甘味料)と併用する際は累積に注意
  • 利尿薬使用中の方は特に注意

詳しい副作用の話は[[daily-kampo-side-effects-truth]]も参照してください。

服用法とセルフケアのポイント

飲み方

  • 食前または食間(食事の30分前または食後2時間
  • お湯に溶かして温かいうちに服用
  • 服用後は厚着または布団で温まり、軽く汗ばむ程度を目指す
  • 大汗をかかせるのはNG(消耗する)

飲むタイミング

  • ゾクッとした最初のサインで即服用
  • 1日3回が基本だが、初日は2〜3時間おきに2回続けて服用する流派もある(医師指示下で)
  • 24時間以内に効果の手応えがなければ、証が違う可能性を考える

西洋薬との併用

  • アセトアミノフェンやNSAIDsとの併用:基本的に問題ない。漢方は「発汗解表」、解熱鎮痛薬は「症状抑制」と作用方向が異なり相補的に働く
  • ただし麻黄含有処方とエフェドリン系総合感冒薬の併用は重複投与になるので避ける
  • 抗ヒスタミン薬や鎮咳薬との併用も成分重複に注意

妊婦・小児・高齢者

  • 妊婦:麻黄湯・葛根湯・小青竜湯(麻黄含有)は原則医師相談。桂枝湯系は比較的安全とされるが、自己判断は避ける
  • 小児:体重換算で減量。麻黄含有処方は慎重に
  • 高齢者:麻黄の心血管リスク、甘草の偽アルドステロン症リスクが高まる。少量から、短期間で

こんなときは漢方に頼らず受診を

風邪と思っても、別の重大疾患が隠れていることがあります。次のサインがあれば医療機関へ。

  • 39度以上の高熱が3日以上続く
  • 呼吸が苦しい、息切れがひどい
  • 強い頭痛、嘔吐、意識のもうろう(髄膜炎・脳出血の可能性)
  • 胸痛
  • 黄色〜緑色の膿性痰が大量、片側胸痛(細菌性肺炎の可能性)
  • のどの片側が極端に腫れて飲み込めない(扁桃周囲膿瘍)
  • 数週間続く咳、血痰、体重減少(結核・悪性疾患の鑑別)
  • 高齢者、免疫低下者、基礎疾患のある方の発熱

漢方で「風邪が長引いている」つもりが、実は細菌感染や非感染性疾患だった、というケースは決してまれではありません。

まとめ

  • 風邪の漢方は発症48時間以内が勝負
  • 「葛根湯一択」ではなく、実証/虚証・寒/熱で選び分ける
  • 葛根湯=実証寒証+項背こわばり、麻黄湯=強実証+高熱体痛、桂枝湯=虚証で汗あり
  • 小青竜湯=水様鼻汁、銀翘散=熱証の咽痛
  • 麻黄含有処方は心疾患・高齢者注意、甘草は累積に注意
  • 自己判断が難しいときは薬剤師・漢方医に相談

体質判定の詳しい考え方は[[kampo-pattern-jitsu-kyo-cold-heat]]、のどの痛みが主症状なら[[kampo-sore-throat-formulas]]、咳が長引くケースは[[kampo-cough-formulas]]もあわせてお読みください。

免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療を行うものではありません。漢方薬の選択は本来、四診(望診・聞診・問診・切診)に基づく証の判定が必要であり、自己判断での長期使用は推奨されません。妊娠中・授乳中の方、小児、高齢者、基礎疾患をお持ちの方、他の医薬品を服用中の方は、使用前に必ず医師・薬剤師にご相談ください。症状が改善しない、または悪化する場合はすみやかに医療機関を受診してください。

参考文献

  • 大塚敬節, 矢数道明, 清水藤太郎『漢方診療医典』南山堂
  • 日本東洋医学会編『入門漢方医学』南江堂
  • 『傷寒論』『温病条弁』各種訳注本
  • 厚生労働省「重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽アルドステロン症」
  • 日本薬局方 各生薬モノグラフ
  • 一般社団法人日本東洋医学会 漢方処方解説

監修: 薬剤師(博士(薬学))

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