下痢に効く漢方——五苓散・人参湯・半夏瀉心湯・桂枝加芍薬湯

はじめに——「下痢の漢方」を一括りにしてはいけない

「お腹を下したから整腸剤と漢方を」と相談を受ける場面は薬局でも日常的ですが、下痢は原因も病態も極めて多様です。冷えてキューッと痛むタイプ、暴飲暴食でゴロゴロ鳴るタイプ、ストレスで朝の通勤前に決まって便意が来るタイプ、海外で水あたりしたタイプ——それぞれ証(しょう)が違うため、選ぶ漢方も違います。

本記事では、薬剤師として現場でよく使う五苓散・人参湯・半夏瀉心湯・桂枝加芍薬湯を中心に、真武湯・黄芩湯なども含めてタイプ別に整理します。ただし最初に強調しておきたいのは、下痢の第一選択は経口補水液(ORS)による水分・電解質補給であり、漢方は補助という大原則です。特に小児・高齢者では脱水が一気に進むため、漢方より先にまずORSを考えてください。

下痢のタイプを見立てる

漢方を選ぶ前に、自分の下痢がどのタイプかを大まかに分類します。

タイプ 主な特徴 想定される背景
水様性下痢+口渇 サラサラの水様便、尿量が少ない、口が渇く ウイルス性胃腸炎、水分代謝の乱れ
冷え誘発の下痢 冷たい飲食やクーラーで悪化、腹部が冷たい、慢性 虚寒、脾胃陽虚
暴飲暴食後の下痢 食べ過ぎ・飲み過ぎ後、腹鳴、口苦、胸やけ 食滞、湿熱
ストレス性下痢 朝の通勤前、緊張時、腹痛を伴う 過敏性腸症候群(IBS)、肝脾不和
食あたり・感染性 急な発熱、嘔吐、血便の可能性 細菌性・ウイルス性感染
高齢者の慢性下痢 元気がない、めまい、足が冷える 腎陽虚、極度の虚寒

このタイプ分けが、漢方選択のおおまかな地図になります。

五苓散——水様下痢と二日酔いの定番

構成と作用

五苓散(ごれいさん)は沢瀉・猪苓・茯苓・白朮・桂皮の5生薬からなる、水滞(すいたい:体内の水分代謝の偏り)を整える代表処方です。体内で偏在した水を尿として排出させる方向に働き、結果として腸管内に過剰に溜まった水分を是正します。

こんな下痢に

  • 水のような便で何度もトイレに行く
  • 口が渇くのに尿量は少ない
  • 嘔吐を伴う(飲んでも吐く)
  • 二日酔いで頭重・むかつき・下痢

ウイルス性胃腸炎の典型像によく合致します。

エビデンス

小児急性胃腸炎において、ORS併用下で五苓散注腸を加えた群で症状改善が早かったとする臨床研究があります(規模は限定的)。また術後イレウスの予防・治療に併用される報告もあり、消化管の水分代謝への作用は伝統的経験と現代研究の両面で支持されています。ただしORSの代わりにはなりません。あくまで脱水補正をしながらの補助です。

人参湯——冷えと虚弱の慢性下痢に

構成と作用

人参湯(にんじんとう)は人参・乾姜・白朮・甘草で構成され、脾胃の陽気を温めて消化機能を底上げする処方です。「理中丸」とも呼ばれ、虚寒タイプの慢性下痢の基本処方として位置づけられます。

こんな下痢に

  • 冷たいものを摂るとすぐ下痢
  • お腹を触ると冷たい、温めると楽
  • 倦怠感、食欲低下、痩せ型
  • 慢性的に軟便〜水様便を繰り返す
  • 唾液が薄く多い

急性の感染性下痢には不向きで、体力虚弱・冷え体質の長引く下痢が適応の中心です。

注意点

甘草を含むため、長期連用では偽アルドステロン症(低カリウム血症、浮腫、血圧上昇)に注意が必要です。利尿薬や他の甘草含有処方との併用ではリスクが上がります。

半夏瀉心湯——心下痞鞕とストレス性下痢

構成と作用

半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)は半夏・黄芩・黄連・人参・乾姜・甘草・大棗からなり、上は熱・下は寒という「寒熱錯雑」の状態に対する代表処方です。みぞおちのつかえ(心下痞鞕:しんかひこう)と腹鳴・下痢が同居するときに使います。

こんな下痢に

  • みぞおちがつかえて重い
  • 口が苦い、口内炎ができやすい
  • お腹がゴロゴロ鳴る
  • 暴飲暴食後の下痢、酒席後
  • ストレスでお腹を下しやすい

エビデンス

抗がん剤(イリノテカン等)による下痢に対し、半夏瀉心湯を併用すると症状が軽減する臨床報告があり、がん支持療法の一部で標準的補助として用いられています。腸内細菌叢のβ-グルクロニダーゼ活性抑制との関連も報告されています。

注意点

黄芩による間質性肺炎・薬剤性肝障害が稀に報告されています。発熱・乾咳・呼吸困難・全身倦怠が出たら中止して受診を。甘草含有処方であることも忘れないでください。

桂枝加芍薬湯——過敏性腸症候群の腹痛・しぶり

構成と作用

桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)は、桂枝湯の芍薬を増量した処方で、腸管平滑筋の緊張を和らげる方向に働きます。腹痛とともに下痢、あるいは便意があってもスッキリ出ない(裏急後重:りきゅうこうじゅう、しぶり腹)に使います。

こんな下痢に

  • 腹痛が強い、お腹が張る
  • 下痢と便秘を繰り返す
  • 排便してもスッキリしない
  • 軽症〜中等症のIBS(過敏性腸症候群)
  • 朝の通勤前に決まって腹痛+下痢

IBSの保険診療でも処方される頻度が高く、桂枝加芍薬湯で効果不十分な場合に大黄を加えた桂枝加芍薬大黄湯(便秘優位タイプ向け)に切り替えるアレンジもあります。

真武湯——強い虚寒、高齢者の下痢に

構成と作用

真武湯(しんぶとう)は茯苓・芍薬・生姜・白朮・附子からなり、人参湯よりさらに深い冷え(腎陽虚)に対応します。

こんな下痢に

  • 強い冷え、足腰が冷たい
  • めまい、ふらつきを伴う
  • 高齢者の慢性下痢
  • むくみがある
  • 元気がなく動きたくない

附子含有処方のため、動悸・のぼせ・しびれが出たら減量・中止が必要です。自己判断での増量は危険なので、必ず医師・薬剤師の指示下で使ってください。

黄芩湯・その他

黄芩湯(おうごんとう)

黄芩・芍薬・甘草・大棗。急性の熱性下痢(発熱、肛門の灼熱感、悪臭の強い下痢)に用いる古典処方で、感染性下痢の初期に検討されることがあります。ただし発熱や血便を伴う細菌性腸炎は医療機関での評価が優先であり、自己判断で漢方だけで乗り切ろうとしないでください。

香蘇散・参苓白朮散

  • 香蘇散(こうそさん):胃腸虚弱な人の食あたり・かぜ気味の下痢に。
  • 参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん):慢性の軟便、食後に下痢、痩せて元気がないタイプの体質改善に。長期向き。

一覧で選ぶ:どの漢方?

漢方 主なターゲット 体力 冷え 特徴的サイン
五苓散 水様下痢+嘔吐 中間 問わず 口渇、尿少、二日酔い
人参湯 慢性の冷え下痢 冷飲で悪化、倦怠感
半夏瀉心湯 ストレス性、暴飲暴食 中間〜実 寒熱錯雑 心下痞鞕、口苦、腹鳴
桂枝加芍薬湯 IBS、腹痛 中間〜虚 やや しぶり腹、腹痛主体
真武湯 高齢者の強虚寒 極めて強 めまい、むくみ
黄芩湯 急性熱性下痢 中間〜実 熱証 発熱、肛門灼熱感
参苓白朮散 慢性軟便の体質改善 やや 食後下痢、痩せ

実用シーン別の組み立て

ウイルス性胃腸炎(嘔吐下痢症)

  1. まずORS(経口補水液)を少量頻回。OS-1や薬局のORS製剤、なければ自家製でも可。
  2. 嘔吐がある間は固形食を控える。
  3. 補助として五苓散。水で飲めない場合は少量のお湯に溶かしてチビチビ。
  4. 38度以上の発熱、血便、半日以上尿が出ない、ぐったりする——いずれかあれば受診。

海外渡航での下痢(旅行者下痢症)

「五苓散を持参する」のは伝統的にある工夫ですが、第一選択は依然としてORS+必要に応じてロペラミドや抗菌薬の判断です。

  • 軽症(発熱・血便なし):ORS+ロペラミド(短期)。五苓散を併用してもよい。
  • 中等症以上(発熱、血便、激しい腹痛):ロペラミドは避け、抗菌薬適応の検討が必要なため現地受診。
  • ロペラミドの国・地域別の入手可否は別記事で解説しています([[loperamideロペラミド-world-rules]])。

慢性の冷え下痢

人参湯または真武湯を中心に、生活面で冷飲・生もの・夜更かしを避ける。1〜2か月続けて変化を見ます。改善が乏しければ大腸内視鏡などで器質的疾患を除外する判断も必要です。

過敏性腸症候群(IBS)

桂枝加芍薬湯を基本に、ストレス要因が強ければ半夏瀉心湯や四逆散を併用するアプローチも。ただしIBSは除外診断であり、初発時には血便・体重減少・夜間下痢・家族歴に大腸がんなどのレッドフラグがないか医療機関で確認してください。

受診すべきサイン——見落とし回避のために

下痢を漢方やOTCで様子見してよいかの線引きは重要です。以下のいずれかがあれば、漢方ではなく医療機関へ。

  • 血便、黒色便(タール便)
  • 38度以上の発熱を伴う下痢
  • 激しい腹痛、特に右下腹部の局所痛(虫垂炎の可能性)
  • 半日以上尿が出ない、皮膚をつまんで戻らない、唇が乾燥(脱水サイン)
  • 嘔吐が止まらず水分が摂れない
  • 3日以上改善しない、あるいは増悪する
  • 体重減少、夜間下痢、貧血を伴う慢性下痢
  • 海外帰国後の下痢(マラリア、赤痢、コレラ等の鑑別)
  • 高齢者・乳幼児・妊婦・基礎疾患(糖尿病、免疫抑制下)

下痢の背後には、感染性腸炎だけでなく虚血性腸炎、炎症性腸疾患、大腸がん、まれに脳血管障害に伴う症状などが隠れることがあります。「漢方で治らないからもう少し続ける」ではなく、改善しないこと自体が受診サインです。

西洋薬との併用

ロペラミド(OTCのストッパ下痢止めA、ロペラマックなど;医療用ではロペミン)やコデイン系止痢薬と漢方の併用は、薬理学的には基本的に問題ありません。ただし、

  • 細菌性腸炎が疑われる場合、ロペラミドは菌・毒素の排出を遅らせ重症化リスクがあるため避ける。
  • 整腸剤(ビオフェルミン、ミヤBM等)との併用は問題ない。
  • 抗菌薬服用中は腸内細菌叢が変動するため、半夏瀉心湯や参苓白朮散など腸内環境改善方向の漢方と相性がよいことがあります。

注意したい人

  • 妊婦:附子含有(真武湯)、大黄含有処方は避けるのが無難。他の漢方も自己判断せず必ず医師・薬剤師に相談。
  • 小児:五苓散はORS併用なら使用される場面がありますが、用量は体重換算が必要。安易な大人用量の流用は不可。
  • 高齢者:脱水と電解質異常が一気に進みます。甘草含有処方の長期連用で偽アルドステロン症リスクが上がる点、附子の心血管系への影響にも配慮を。
  • 心疾患・高血圧:附子含有処方は慎重に。本記事中に麻黄含有処方は登場しませんが、他の漢方を併用する場合は麻黄(心拍数増加・血圧上昇)にも注意。

実証・虚証など体質の見立て方は[[kampo-pattern-jitsu-kyo-cold-heat]]を、慢性の倦怠を伴う場合は[[kampo-fatigue-formulas]]も参考にしてください。

まとめ

  • 下痢の第一選択はORS。漢方は補助。
  • 水様下痢+口渇には五苓散、冷えの慢性下痢には人参湯、ストレス性・暴飲暴食後には半夏瀉心湯、IBSの腹痛には桂枝加芍薬湯。
  • 高齢者の強い虚寒には真武湯、急性熱性下痢には黄芩湯、慢性体質改善には参苓白朮散。
  • 血便・高熱・脱水・3日以上の持続・海外帰国後はためらわず受診。
  • 甘草・附子含有処方は副作用に留意し、長期使用や妊婦・小児・高齢者では必ず医師・薬剤師に相談。

漢方は症状をぴたりと言い当てたときに力を発揮しますが、それは鑑別診断の代わりにはなりません。「効かない下痢」「いつもと違う下痢」は、漢方を続ける理由ではなく、受診する理由です。

免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療を行うものではありません。漢方薬であっても副作用や相互作用があり、体質・併用薬・基礎疾患により適否は異なります。実際の使用にあたっては必ず医師・薬剤師にご相談ください。記載内容は執筆時点の知見に基づきますが、最新の添付文書・診療ガイドラインを優先してください。

参考文献

  • 日本東洋医学会(編)『入門漢方医学』南江堂
  • 日本消化器病学会『機能性消化管疾患診療ガイドライン2020 過敏性腸症候群(IBS)』
  • 厚生労働省 重篤副作用疾患別対応マニュアル「偽アルドステロン症」「薬剤性間質性肺炎」
  • World Health Organization. The Treatment of Diarrhoea: A manual for physicians and other senior health workers.
  • Mori K, et al. Goreisan in pediatric acute gastroenteritis(小児急性胃腸炎に対する五苓散の臨床研究報告)
  • Kase Y, et al. Hangeshashinto and irinotecan-induced diarrhea(半夏瀉心湯と抗がん剤誘発下痢に関する基礎・臨床研究)
  • 各漢方製剤の医療用医薬品添付文書(PMDA)

監修: 薬剤師(博士(薬学))

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