倦怠感・疲労に効く漢方——補中益気湯・十全大補湯・六君子湯・人参養栄湯

「なんとなくだるい」「夏バテで食欲がない」「手術のあと体力が戻らない」——こうした訴えに対して漢方では「補剤(ほざい)」と呼ばれる方剤群が用いられます。代表選手が補中益気湯・十全大補湯・六君子湯・人参養栄湯です。

ただし、最初に強調したいことがあります。疲労は「症状」であって「診断」ではありません。甲状腺機能低下症・貧血・糖尿病・うつ病・睡眠時無呼吸症候群(SAS)・悪性腫瘍などが背後に隠れていることがあり、補剤を漫然と飲み続けて受診が遅れるのは最も避けたい状況です。本稿は「原疾患の除外を済ませた前提」で、補剤をどう使い分けるかをまとめます。

「補剤」とは何か——気・血・陰・陽を補う方剤群

漢方では体を支えるエネルギーや物質を「気・血・水(津液)」「陰・陽」という枠組みで捉え、それらが不足した状態(虚証)に対して補う方剤を総称して「補剤」と呼びます。

不足している要素 主な症状 代表方剤
気虚(ききょ) 倦怠感、息切れ、声に力がない、食欲不振、軟便傾向 補中益気湯、四君子湯、六君子湯
血虚(けっきょ) 顔色不良、めまい、動悸、皮膚乾燥、月経異常 四物湯、当帰芍薬散
気血両虚 上記の合併、貧血傾向、術後・産後 十全大補湯、人参養栄湯
陰虚 のぼせ、寝汗、口渇、舌が赤い 六味丸、麦門冬湯 など
陽虚 冷え、下痢、腰膝の冷感 八味地黄丸、真武湯 など

補剤は実証(体力が充実してのぼせ・便秘傾向)の人にはむしろ向きません。「虚証」を見立てるところが出発点です。長期服用が想定される方剤群ですが、それでも数週〜数か月単位で効果と副作用を定期評価することが前提となります。

気虚・血虚をどう見立てるか

気虚のサイン

  • 朝から疲れている、午後に増悪
  • 話すのがおっくう、声が小さい
  • 食後に眠気・倦怠が強い
  • 軟便、下痢しやすい
  • 風邪をひきやすく、治りにくい
  • 舌は淡く、歯痕(舌のふちに歯型)が残る

血虚のサイン

  • 顔色が白〜黄色っぽい、唇の色が薄い
  • 立ちくらみ、めまい
  • 動悸、不眠、夢が多い
  • 皮膚・髪が乾燥、爪がもろい
  • 月経量が少ない・遅れる
  • 舌は淡く、舌の苔が薄い

両者が混在することは多く、術後・産後・慢性消耗性疾患・高齢者ではしばしば「気血両虚」となります。

補中益気湯——気虚の代表、夏バテ・病後の第一選択

補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は李東垣の『内外傷弁惑論』に由来し、医療用漢方の中で最も処方頻度の高い補剤の一つです。

構成生薬

人参・黄耆・白朮(または蒼朮)・当帰・陳皮・大棗・柴胡・甘草・生姜・升麻

「補気」の中心となる人参・黄耆に、気を持ち上げる柴胡・升麻が配されているのが特徴で、「気が下に落ちている」イメージ(疲労、内臓下垂感、易感染、低血圧)に合います。

適する場面(目安)

  • 夏バテで食欲が落ち、汗が止まらない
  • かぜを繰り返し、治りきらない
  • 病後・手術後の体力低下
  • 易疲労、午後からのだるさ
  • 高齢者の食欲不振(明らかな消化器症状がない場合)

エビデンス

高齢者を対象とした補中益気湯のRCTでは、呼吸器感染症の発症抑制や免疫指標の改善を示した報告があります。COPDや要介護高齢者でのQOL改善報告もありますが、研究規模は限られるため「治療の柱」というより「補助的介入」として位置づけるのが現実的です。

注意点

  • 甘草を含むため、長期・高用量では偽アルドステロン症(低カリウム血症、浮腫、血圧上昇)に注意
  • 利尿薬・甘草含有他剤との併用で増強
  • 高血圧・心不全・低カリウム血症の既往がある場合は要相談

十全大補湯——気血両虚、術後・抗がん剤後

十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)は『和剤局方』由来。四君子湯(補気)+ 四物湯(補血)+ 黄耆・桂皮で構成され、気血の両方をしっかり補う最も総合的な補剤の一つです。

構成生薬

人参・黄耆・白朮・茯苓・甘草・当帰・芍薬・地黄・川芎・桂皮

適する場面(目安)

  • 手術後・出産後・大病後で体力が戻らない
  • 抗がん剤・放射線治療に伴う倦怠感、骨髄抑制
  • 貧血傾向、皮膚乾燥、爪がもろい
  • 慢性消耗性疾患の長期療養
  • 冷え+疲労+顔色不良

エビデンス

抗がん剤治療における補助療法として、十全大補湯が骨髄抑制の軽減・倦怠感の改善・QOL向上に寄与する可能性を示すRCTが複数あります。乳がん・大腸がん・肝がん術後の補助療法としても検討されており、がん診療領域では比較的エビデンスが蓄積されている方剤です。

ただし抗がん剤との併用は必ず主治医・がん専門薬剤師と相談してください。漢方を含むサプリメント類は治療プロトコルに影響することがあります。

注意点

  • 桂皮による発疹・かゆみがまれにある
  • 甘草含有(補中益気湯と同様の注意)
  • 地黄を含むため胃もたれしやすい人は慎重投与

六君子湯——食欲不振・機能性ディスペプシア

六君子湯(りっくんしとう)は四君子湯(人参・白朮・茯苓・甘草)+ 陳皮・半夏 + 生姜・大棗で構成されます。**「気を補いながら胃の働きを整える」**方剤で、純粋な疲労よりも「食欲がない・もたれる・吐き気」がある気虚に向きます。

適する場面(目安)

  • 機能性ディスペプシア(FD)
  • 食後のもたれ、早期飽満感
  • 食欲不振を伴う倦怠感
  • 抗がん剤による食思不振
  • 高齢者・小児のやせ・食欲低下

エビデンス

機能性ディスペプシアに対しては国内で複数のRCTがあり、消化器領域のガイドライン(『機能性消化管疾患診療ガイドライン』)でも選択肢として記載されています。作用機序として、構成生薬の一部がグレリン(食欲刺激ホルモン)分泌を促進する基礎研究も報告されています。

注意点

  • 甘草含有(量は補中益気湯より少なめ)
  • 半夏による軽い口渇・しびれ感
  • 明らかな器質的疾患(胃がん・潰瘍)を除外してから

人参養栄湯——高齢者フレイル・サルコペニア

人参養栄湯(にんじんようえいとう)は十全大補湯から川芎を除き、陳皮・遠志・五味子を加えた構成。疲労+認知機能低下+食欲不振+不眠といった複合的な訴えを持つ高齢者に合います。

構成生薬

人参・黄耆・白朮・茯苓・甘草・当帰・芍薬・地黄・桂皮・陳皮・遠志・五味子

適する場面(目安)

  • 高齢者のフレイル・サルコペニア
  • 体力低下+物忘れ・意欲低下
  • 食欲不振+不眠+咳
  • 慢性呼吸器疾患に伴う消耗
  • がんサバイバーの長期ケア

位置づけ

近年、高齢者領域で注目されている方剤で、サルコペニア・フレイルに対する介入研究が進んでいます。ただし**フレイル対策の基本は栄養介入(タンパク質摂取)+運動(レジスタンストレーニング)**であり、人参養栄湯はNST(栄養サポートチーム)やリハビリと併用する補助的位置づけです。「漢方だけで筋力が戻る」と期待するのは禁物です。

当帰芍薬散——女性の血虚水滞による疲労

当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、**虚証の女性で血虚+水滞(むくみ・冷え)**を伴うタイプに広く使われます。

  • 月経痛・月経不順
  • 冷え+むくみ+めまい
  • 妊娠中のマイナートラブル(医師管理下で)
  • 疲労+貧血傾向

「補剤」というカテゴリーには厳密には入りませんが、慢性疲労を訴える女性で他の補剤がしっくりこないときの選択肢になります。

4方剤の使い分けまとめ

方剤 体格・体力 主な訴え 食欲 貧血傾向 代表的シーン
補中益気湯 やや虚〜虚 倦怠感、易感染、汗かき 低下 なし〜軽度 夏バテ、病後、易疲労
十全大補湯 倦怠感+貧血+冷え 低下〜中 あり 術後、抗がん剤、産後
六君子湯 やや虚〜虚 もたれ、食欲不振、悪心 著明低下 なし 機能性ディスペプシア
人参養栄湯 倦怠感+不眠+咳+物忘れ 低下 あり 高齢者フレイル、慢性呼吸器疾患

慢性疲労が続くとき、まず除外すべき疾患

繰り返しになりますが、補剤の前にこれらをスクリーニングしてください。

疾患 手がかり
鉄欠乏性貧血 倦怠感、動悸、息切れ、月経過多、爪のスプーン化
甲状腺機能低下症 寒がり、体重増、便秘、徐脈、皮膚乾燥
糖尿病 口渇、多尿、体重減、家族歴
うつ病 興味喪失、早朝覚醒、希死念慮
睡眠時無呼吸症候群 いびき、日中の眠気、肥満、起床時頭痛
悪性腫瘍 体重減、寝汗、リンパ節腫脹、原因不明の発熱
心不全・腎不全・肝障害 むくみ、息切れ、検査異常
慢性疲労症候群(ME/CFS) 6か月以上の原因不明の疲労、PEM

血液検査(血算、生化学、TSH、HbA1c、フェリチン)+ 病歴聴取で多くは絞り込めます。「とりあえず補中益気湯」は推奨しません。

補剤の長期服用と定期評価

補剤は急性期薬と違い、数週〜数か月単位で評価することが多い方剤です。漫然投与を避けるためのチェックポイントを挙げます。

  • 開始前に体重・血圧・血液検査(少なくとも電解質・肝機能・腎機能)を記録
  • 1〜2か月後に効果判定(疲労感、食欲、活動量、QOL)
  • 効いていなければ方剤を変更、または中止して再評価
  • 甘草含有方剤(補中益気湯・十全大補湯・六君子湯・人参養栄湯すべて含有)では定期的に血清カリウム測定
  • 浮腫・血圧上昇・脱力が出たら偽アルドステロン症を疑い受診

受診・相談の目安

以下のサインがあれば、補剤の自己判断より医療機関受診を優先してください。

  • 体重が短期間(数か月)で5%以上減った
  • 寝汗、原因不明の発熱、リンパ節の腫れ
  • 強い動悸、息切れ、安静時の胸痛
  • 抑うつ、希死念慮
  • 黒色便、血便、明らかな貧血症状
  • 飲み始めて浮腫・脱力・血圧上昇が出た(甘草の偽アルドステロン症を疑う)

妊婦・小児・高齢者

  • 妊婦: 当帰芍薬散など一部は使用経験が多いものの、自己判断は避け必ず医師相談
  • 小児: 六君子湯・小建中湯などが使われるが用量・体質判定は専門家へ
  • 高齢者: 多剤併用・腎機能低下・低カリウム血症リスクが高く、開始時の血液検査と定期モニタリングが必須

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免責事項

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の患者に対する診断・治療を行うものではありません。漢方薬にも副作用・薬物相互作用があり、特に甘草を含む方剤では偽アルドステロン症(低カリウム血症、浮腫、血圧上昇)のリスクがあります。慢性疲労の背景には甲状腺疾患・貧血・うつ病・悪性腫瘍などが隠れていることがあり、自己判断で補剤を継続することで受診が遅れるリスクを避けてください。妊娠中・授乳中・小児・高齢者・基礎疾患のある方、他の医薬品を服用中の方は、必ず医師・薬剤師にご相談ください。

参考文献

  • 日本東洋医学会『専門医のための漢方診療ガイドブック』
  • 日本消化器病学会『機能性消化管疾患診療ガイドライン——機能性ディスペプシア(FD)』
  • 厚生労働省『重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽アルドステロン症』
  • Kuroiwa A, et al. Effect of a traditional Japanese herbal medicine, Hochu-ekki-to, on immunity in elderly subjects. 関連研究レビュー
  • Suzuki H, et al. Randomized clinical trial: rikkunshito in functional dyspepsia. 関連RCT
  • 日本サルコペニア・フレイル学会『サルコペニア診療ガイドライン』
  • 日本緩和医療学会『がん補完代替療法クリニカル・エビデンス』

監修: 薬剤師(博士(薬学))

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