はじめに——「undruggable」の壁を破った後の現実
長らく「創薬不可能(undruggable)」とされてきたKRASは、2021年のソトラシブ(sotorasib, AMG 510)承認を皮切りに、アダグラシブ(adagrasib, MRTX849)、そしてpan-RAS(ON)阻害薬であるダラクソンラシブ(daraxonrasib, RMC-6236)へと展開してきました。多くの患者と臨床現場に「効くRAS薬」がついに届いた——しかし現場の薬剤師としては、患者さんやご家族と接するなかで、「効いている期間の短さ」という新しい課題に向き合わざるを得ません。
本稿では、KRAS阻害薬の耐性機序を on-target / off-target / 表現型可塑性の3軸で整理し、SHP2阻害・SOS1阻害・MEK阻害といった次世代合剤戦略の論理を、薬剤師(博士(薬学))の視点で文献ベースに解説します。
なお、ダラクソンラシブ(RMC-6236)、RMC-6291、RMC-9805などは2024〜2025年時点で日本未承認・治験段階であり、本稿は治療判断のためのガイドではありません。個別の使用判断は必ず主治医・薬剤師にご相談ください。
耐性発現の臨床現実——mPFSという数字
主要KRAS阻害薬の単剤データ(NSCLC・PDACなどを含む報告値)は以下のような目安です。試験ごとに対象集団が異なるため厳密比較はできず、あくまで「数か月〜2年で多くが進行する」という現実を共有する目的で並べます。
| 薬剤 | 主な対象 | 試験名(報告例) | mPFSの目安 |
|---|---|---|---|
| Sotorasib | KRAS G12C NSCLC | CodeBreaK 100/200 | 約6.8か月 |
| Adagrasib | KRAS G12C NSCLC | KRYSTAL-1 | 約6.5か月 |
| Daraxonrasib (RMC-6236) | RAS変異PDAC等 | RMC-6236-001、RASolute(報告例) | 約7〜8か月(中間報告ベース、確定値ではない) |
「効く」薬であっても、半年〜1年で進行する症例が大半です。これは薬剤の弱さではなく、腫瘍が進化する速度の現れと捉えるべきです。
耐性機序の三分類
耐性機序は以下の3つに大別できます。
- on-target耐性: KRAS自体の二次変異・増幅、別RASの活性化
- off-target(bypass)耐性: RTK再活性化、SOS1/SHP2を介したRAS-GTP loadingの維持
- 表現型可塑性: EMT(上皮間葉転換)、扁平上皮化や神経内分泌化などの組織転換
実臨床ではこれらが複数同時に出現し、しかも腫瘍内不均一性(intra-tumoral heterogeneity)のもとで「最も生き残りやすいクローン」が選択されます。
on-target耐性——KRAS自身の変化
1. switch IIポケットの二次変異(gatekeeper類似)
ソトラシブ・アダグラシブはKRAS G12CのGDP結合型に共有結合し、switch IIポケットを占拠することで作用します。このポケットの形状を変える二次変異が報告されています。
| 変異 | 推定される影響 |
|---|---|
| H95Q / H95R / H95D | switch IIポケット側壁の変化、薬剤接触面の改変 |
| Y96D / Y96S | アダグラシブの結合に重要な残基の改変 |
| R68S, Y64A | スイッチ領域の柔軟性変化 |
H95がEGFR T790Mのような典型的「gatekeeper」かは厳密には議論がありますが、薬剤との接触面を直接書き換える点で機能的にgatekeeper様の意味を持ちます。重要なのは、ソトラシブ耐性とアダグラシブ耐性の二次変異プロファイルが完全には一致しないことで、薬剤切り替えで一部が再奏効しうる根拠になります。
2. KRAS amplification(増幅)
KRAS遺伝子のコピー数増加により、阻害薬量を上回るKRASタンパクが供給されると、共有結合型阻害薬であってもGTP型KRASがシグナルを駆動できます。投与量増加では追いつきにくく、シグナル下流を叩く合剤が論理的選択になります。
3. 別RAS・別変異の獲得
NRAS Q61K、KRAS G12V、G13D、Q61H など、もとのG12Cと異なる変異の出現が報告されています。これらはG12C特異的阻害薬では捉えられないため、pan-KRAS / pan-RAS(ON)戦略の意義が増します。
off-target耐性——bypass経路という迂回路
KRASを直接叩いても、上流のRTK(EGFR, ERBB2, MET, FGFR, AXLなど)が再活性化し、SOS1(GEF)を介してRAS-GTPを再充填すれば、シグナルは復活します。SHP2(PTPN11)はこのRTK→RAS伝達のハブで、複数RTKを束ねて働きます。
SHP2阻害との合剤論理
- TNO155(batoprotafib)、RMC-4630(rineterkib) などのallosteric SHP2阻害薬
- KRAS阻害薬が「KRAS-OFF(GDP型)を捕まえる」のに対し、SHP2阻害は「KRASにGTPが乗るのを抑える」
- 機序が相補的で、bypass経路によるRAS-GTP再充填を抑制
- 治験では下痢・浮腫・血小板減少などへの注意が必要との報告
SOS1阻害との合剤論理
- BI 1701963 などのSOS1阻害薬
- SOS1はGEFとしてGDP→GTP交換を触媒
- ここを抑えるとRAS-GTP生成自体が低下
- KRAS G12C阻害薬との併用で耐性出現を遅延させる前臨床データが報告
MEK阻害との合剤
- トラメチニブ(trametinib)など
- 下流ERK経路を直接抑制
- 毒性(皮疹、下痢、CK上昇、網膜症、心機能低下など)の重なりがあり、用量・投与スケジュールの最適化が課題
RAS-on阻害薬という新パラダイム
従来のソトラシブ・アダグラシブは「RAS-OFF(GDP型)」を狙う設計でした。Revolution Medicines系のtri-complex阻害薬は、シクロフィリンAと複合体を形成して「RAS-ON(GTP型)」を捕まえる設計です。
| 化合物 | 標的 | 開発段階の目安 |
|---|---|---|
| Daraxonrasib (RMC-6236) | pan-RAS(ON) | 治験中、日本未承認 |
| RMC-6291 | KRAS G12C(ON) | 治験中、日本未承認 |
| RMC-9805 | KRAS G12D(ON) | 治験中、日本未承認 |
RAS-ONを叩くことで、増幅やGTP循環高速化に対しても理論的に強いとされますが、長期成績・耐性プロファイルは現在進行形で蓄積中です。
表現型可塑性——KRAS依存性そのものの回避
最も厄介な耐性がEMT(上皮間葉転換)やlineage plasticityです。
- EMTにより腫瘍細胞がKRAS依存から離脱し、AXL・FGFR・YAP/TAZなど別のドライバーに依存
- 肺腺癌が扁平上皮癌様、神経内分泌癌様へ転換する症例の報告
- 二次生検でしか診断できないことが多い
- AXL阻害、TEAD阻害など複数のアプローチが探索されているが確立した戦略はない
耐性プロファイリング——次の一手のために
進行時に何が起きたかを知ることが次治療の鍵です。
- ctDNA(リキッドバイオプシー): 進行時のKRAS二次変異・別RAS変異・amplificationを比較的低侵襲で検出。clonal heterogeneityを反映しうる
- 組織再生検: EMT・組織転換・MET amplificationなど形態学的・免疫染色的評価が必要な所見を検出
- 両者は補完的で、単独では見落としがある
実装上は保険適用・施設の検査体制に依存します。患者さん・ご家族には「次の検査が次の薬を選ぶための地図になる」と説明することが多いです。
なぜ「治癒」に至らないか
- 腫瘍内不均一性: 1つの腫瘍内に複数の遺伝的サブクローン
- 治療圧による進化選択: 最も生き残りやすいクローンが拡大
- 微小残存病変からの再増殖: 完全消失していても残存細胞から再構築
- 表現型可塑性: 遺伝子変化なしに依存性が変わる
これは「薬が悪い」のではなく、進化生物学的な必然です。だからこそ、合剤・順次治療・早期介入の設計が重要になります。
患者さん・ご家族への向き合い方
薬剤師として外来で接する際、次のような視点を共有しています。
- 「効かなくなる」は失敗ではなく、次の選択肢を考えるタイミング
- 進行時の検査(ctDNA・再生検)は次の治療精度を上げる投資
- 治験参加は選択肢の一つ。地理的・身体的負担と期待値の両面で主治医と相談を
- 治療の「シーケンス(順序)」を主治医が考えていることが多く、いま使っていない薬を温存している場合もある
- 副作用と効果のバランスは個別性が高く、自己判断での休薬・増減は避ける
まとめ
- KRAS阻害薬は強力だが、mPFSは半年〜2年程度の目安で多くが進行する
- 耐性は on-target(H95Q/Y96D/増幅/別RAS)、off-target(RTK→SHP2/SOS1 bypass)、表現型(EMT/転換)の三層
- 合剤戦略はSHP2阻害、SOS1阻害、MEK阻害、抗EGFR薬、化学療法など多軸で進行中
- RAS-ON阻害薬(daraxonrasib等)は新たなパラダイムだが、日本では未承認・治験段階
- ctDNAと組織再生検は次の治療を選ぶための地図
- 「効かなくなる日」は来うるが、それは終わりではなく次の判断点
免責事項
本記事は薬剤師(博士(薬学))による文献ベースの教育的解説であり、特定の治療を推奨・否定するものではありません。記載のmPFS等の数値は試験集団・解析時点により変動し、本稿の数値は「目安」として理解してください。daraxonrasib(RMC-6236)、RMC-6291、RMC-9805、TNO155、RMC-4630、BI 1701963等は2024〜2025年時点で日本未承認・治験段階を含みます。個別の治療判断は必ず主治医・担当薬剤師にご相談ください。
参考文献
- Awad MM, et al. Acquired Resistance to KRAS G12C Inhibition in Cancer. N Engl J Med. 2021.
- Tanaka N, et al. Clinical Acquired Resistance to KRAS G12C Inhibition through a Novel KRAS Switch-II Pocket Mutation and Polyclonal Alterations Converging on RAS–MAPK Reactivation. Cancer Discov. 2021.
- Skoulidis F, et al. Sotorasib for Lung Cancers with KRAS p.G12C Mutation (CodeBreaK 100). N Engl J Med. 2021.
- Jänne PA, et al. Adagrasib in Non–Small-Cell Lung Cancer Harboring a KRAS G12C Mutation (KRYSTAL-1). N Engl J Med. 2022.
- Hallin J, et al. Anti-tumor efficacy of a potent and selective non-covalent KRAS G12D inhibitor. Nat Med. 2022(関連論文).
- Koltun ES, et al. Direct targeting of KRAS G12C and pan-RAS(ON) with tri-complex inhibitors(Revolution Medicines関連の前臨床・臨床報告).
- Fedele C, et al. SHP2 Inhibition Diminishes KRAS-driven Cancer Cell Proliferation. Cancer Discov.
- Hofmann MH, et al. BI-3406, a Potent and Selective SOS1–KRAS Interaction Inhibitor. Cancer Discov. 2021.
- Adachi Y, et al. Epithelial-to-Mesenchymal Transition is a Cause of Resistance to KRAS G12C Inhibitors. Cancer Discov.
- 各製薬企業プレスリリース(Amgen, Mirati/BMS, Revolution Medicines)および学会報告(ASCO, ESMO, AACR)の公開情報。
監修: 薬剤師(博士(薬学))