ご質問
3ヶ月以上の海外駐在を予定しており、日本から常備薬を持ち込みたいと考えています。どの薬をどのくらい用意すればよいのか、また現地で購入できる薬との使い分けは、どのように判断したらよいでしょうか?
薬剤師からの回答
数量の話を先に整理させてください。よく「日本からは1ヶ月分まで」と書かれていますが、あの数字は日本に持ち込む(輸入する)ときの基準です。日本から薬を持ち出すこと自体に、日本側の数量制限や事前申請はありません。
実際に量を決めているのは渡航先の入国ルールです。多くの国が「自己使用分・○日分まで」という上限を置いており、その日数が国ごとに違います。だから常備薬セットの量は、駐在先がどこかで決まります。
渡航先ごとの持込上限の目安
| 渡航先 | 個人使用分の目安 | 主な条件 |
|---|---|---|
| タイ | おおむね30日分 | 規制対象医薬品は医師の診断書または処方箋の携帯 |
| シンガポール | おおむね3ヶ月分 | 規制対象医薬品はHSA(Health Sciences Authority)の事前承認が必要 |
| ベトナム | おおむね30日分 | 元の容器+英文処方箋。超える量はDAVへの照会 |
| フィリピン | おおむね渡航期間分 | 規制対象医薬品はFDA(食品医薬品局)への許可申請 |
| インド | おおむね渡航期間分 | 処方箋と英文の医師レターの携帯 |
| UAE | おおむね3ヶ月分 | 規制対象医薬品は保健当局(MOHAP)の事前承認が必要 |
数字は目安で、制度は変更されます。最終確認は渡航先の在日大使館・領事館、または渡航先の規制当局のサイトで行ってください。日本の役所に聞いても渡航先のルールはわかりません。
処方薬の持込で確認すべきポイント
| 確認項目 | 対応方法 | 注意点 |
|---|---|---|
| 医師の診断・処方箋 | 滞在期間を伝えて長期処方を相談(多くの慢性疾患薬は最大90日分) | 薬剤によって投与日数の上限が法令で決まっている点に注意 |
| 渡航先の事前承認 | 渡航先が規制対象としている医薬品なら、現地当局に事前申請(シンガポールHSA、UAE保健当局など) | 申請から承認まで数週間かかる国がある。渡航2〜3ヶ月前に着手 |
| 麻薬・向精神薬・覚醒剤原料 | 麻薬のみ地方厚生局麻薬取締部の事前許可が必要。向精神薬は許可・届出とも不要。覚醒剤原料(ビバンセ等)は処方医の証明書 | 「都道府県で申請」という制度は存在しない。窓口は国(地方厚生局) |
| 用量・用法の確認 | 医師から「1日用量」「用法」を明記した処方箋またはメモを取得 | 現地医療機関・薬局に提示できるよう英文表記も準備 |
OTC薬(市販薬)の持込戦略
日本から持込すべき薬:
- 胃薬(H2ブロッカー、制酸薬):現地で同等品の入手が困難な国が多い
- 便秘薬・下痢止め:腸内環境の変化に備える;トメダインコーワ錠 🛒、ビオフェルミンなど
- 解熱鎮痛薬:日本で慣れた成分(イブプロフェン、アセトアミノフェン)
- 咳止め・風邪薬:現地で成分確認が難しい場合がある
- 目薬・湿布・塗り薬:嗜好性が高く、現地品質への不安がある場合に持参
現地調達で十分な薬:
- 抗ヒスタミン薬・アレルギー薬:Watsons、Boots等の国際的薬局チェーンで同等品が容易に購入可能
- 軽い消炎鎮痛外用薬:ボルタレンジェル等は多くの国で市販
- 総合感冒薬:ブランド多数;成分表を英語で確認すれば代替品選択も容易
- サプリメント・ビタミン剤:現地が充実している場合が多い
「薬監証明」が必要になるのは帰りの側です
駐在の話で「薬監証明が必要な国」という一覧を見かけますが、これは制度の取り違えです。
薬監証明(正式には輸入確認証)は、日本に医薬品を持ち込む量が基準を超えるときに交付される書類です。交付するのは地方厚生局(関東信越厚生局・近畿厚生局など)の薬事監視専門官で、都道府県庁でもPMDAでもありません。
つまり駐在で関係するのは、次の2つの場面だけです。
- 行き(出国):日本側の手続きは不要。必要なのは渡航先の許可・承認(渡航先の当局へ申請)
- 帰り(帰国):現地で買った薬を持ち帰る量が基準(処方箋医薬品は用法用量からみて1ヶ月分、OTCの内用薬は2ヶ月分、外用剤・医薬部外品は1品目24個)を超えるときだけ、地方厚生局で輸入確認証の交付を受ける
日本の書類は日本の入国審査のためのもので、駐在先の許可は駐在先の当局に申請します。ここを混同すると、要らない手続きを探して時間を使い、必要な現地申請を取り落とします。
実務的な補足
英文での成分確認と現地薬局での買い方
持込薬のパッケージ・説明書は英文コピーまたは写真を撮っておくと、現地医療機関への提示時に役立ちます。
現地での代替品購入時に使える英語フレーズ:
- "Do you have this active ingredient?(ドゥ ユー ハヴ ディス アクティブ インウレディエント?)" → 「この有効成分を含む薬ありますか?」
- "What is the equivalent in this country?(ワット イズ ジ イクイヴァレント イン ディス カントリー?)" → 「この国での代替品は何ですか?」
- "Is this safe to combine with...?(イズ ディス セーフ トゥ コンバイン ウィズ...?)" → 「これと○○を一緒に使っても大丈夫ですか?」
まとめ
長期駐在の常備薬セットは「処方薬(主治医の長期処方)+日本のOTC薬+現地調達枠」の3層構造で考えると、柔軟に対応できます。量を決めるのは日本側の制限ではなく渡航先の入国ルールなので、順番は次のようになります:
- 滞在国の持込上限と規制対象成分をリサーチ;在日大使館・渡航先規制当局のサイトで確認(渡航2〜3ヶ月前)
- 渡航先の事前承認が必要な薬があれば申請;シンガポールHSA、UAE保健当局などは数週間かかります
- 医師に滞在期間と処方期間を相談;上限内に収まる範囲で長期処方を依頼し、あわせて英文の診療情報提供書を取得
- 麻薬に該当する薬があるときのみ、地方厚生局麻薬取締部に携帯輸出・輸入の許可を申請(渡航2週間前まで)
- 処方薬と常用OTC薬を英文リスト化;一般名(成分名)で書き、現地で即座に説明できる状態に
出国のために日本の役所に出す書類は、麻薬に該当する薬がなければありません。時間は渡航先の手続きに使ってください。
本回答は一般的な情報提供であり、個別の医学的判断は主治医または薬剤師にご相談ください。