機内の気圧で「薬の吸収」は変わりません
飛行機の客室は、巡航中はおおむね気圧750〜800 hPa相当(標高1,800〜2,400m程度に相当)まで下がります。地上の約75%です。
この減圧で経口薬の吸収や血中濃度が臨床的に変わる、という確立した知見はありません。機内だからといって薬を追加したり、飲む量を変えたりする必要はありません。
では、機内で本当に変わるものは何か。気体です。
膨らむのは体内のガス(これは物理です)
気圧が下がると、閉じた空間の気体は膨張します。地上1013 hPa → 機内750 hPa なら、体積は約1.35倍。これは理屈ではなく物理法則(ボイルの法則)で、実際に体で起こります。
| 場所 | 起きること | 対処 |
|---|---|---|
| 中耳 | 気圧差で耳が詰まる・痛む | 唾を飲む、あくび、耳抜き。鼻づまりがあると抜けにくい |
| 腸 | ガスが膨らんで腹部が張る | 搭乗前の炭酸飲料・豆類を控える。ベルトを緩める |
| 副鼻腔 | 風邪や鼻炎で開口部が詰まると痛む | 鼻づまりを放置して搭乗しない |
| 歯 | 治療中の歯に空気が残っていると痛む(航空性歯痛) | 治療直後の長距離便は歯科医に相談 |
機内で本当に注意すべき3つ
1. 低湿度による脱水
機内の湿度は20%を下回ります。脱水そのものが、薬を飲んでいる人には影響します。
- 腎臓から排泄される薬は、脱水で体内に留まりやすくなる方向に働きます
- 利尿薬・SGLT2阻害薬を使っている方は、もともと水分が抜けやすい状態です
- 錠剤・カプセルはコップ1杯(180mL以上)の水で飲む。少量の水で飲むと食道に留まることがあります
アルコールは脱水を進めるうえ、鎮静薬との組み合わせで効きすぎます。機内では控えるのが無難です。
2. 時差で「服薬時刻」が崩れる
これは気圧よりはるかに実害があります。
- 1日1回の薬は、機内で寝ている間に飲む時間が過ぎがちです
- 「飲んだか分からない」状態が最も危険なので、飲んだ時刻をメモするだけで防げます
- 時刻を厳密に保つ必要がある薬(抗凝固薬、抗てんかん薬、経口避妊薬、糖尿病薬、免疫抑制薬など)は、出発前に主治医と時差でのずらし方を決めておくこと。これは現地で自己判断する類の調整ではありません
3. 貼付剤と吸入器
- 貼付剤は皮膚から吸収されるので気圧とは無関係です。ただし発汗で端が浮くことがあるため、貼る前に汗を拭く
- 吸入器は機内持ち込みにしてください。預け荷物に入れると、必要なときに手元にありません。気圧で噴霧が変わる心配は不要です
高地に着く場合の補足
クスコ(約3,400m)、ラパス(約3,650m)のような高地に着く場合、注意すべきは薬の吸収ではなく高山病です。頭痛・吐き気・眠れないといった症状は、薬の効きが落ちたのではなく高度の影響です。
まとめ
- 機内の気圧低下で薬の吸収は変わらない。機内での追加服用はしない
- 膨らむのは体内のガス(約1.3倍)。耳・腸・副鼻腔・歯に出る
- 鼻づまりがあるなら離陸前の点鼻。ただし連用しない
- 本当の注意点は脱水・服薬時刻のずれ・アルコールとの併用
- 時刻が重要な薬は、出発前に主治医とずらし方を決めておく
薬剤師メモ: この記事には以前、「機内の気圧低下でアレルギー薬の吸収が20〜30%低下する」「着陸後12時間は追加しない」といった記述がありました。根拠がなく、客室高度の数字(約1,200m相当)も誤っていたため全面的に書き替えました。
機内で服薬が問題になるのは、気圧ではなく水分と時刻です。地味ですが、こちらは確実に効きます。