【双極性障害】の薬一覧——薬剤師が種類・機序・使い分けを解説

概要

双極性障害は躁状態またはそれに類する軽躁状態と抑うつ状態が交代で現れる精神疾患です。日本の患者数は約100万人と推定されています。躁状態では気分高揚・多弁・多動・判断力低下が、抑うつ状態では無気力・絶望感が顕著です。薬物治療は躁・抑うつ双方の再発防止と急性症状の軽減を目指すため、気分調整薬(ムードスタビライザー)と非定型抗精神病薬が主軸となります。リチウムが国際的第一選択ですが、腎機能・甲状腺機能のモニタリングが必須です。わが国ではバルプロ酸・ラモトリギン・クエチアピン・オランザピンも第一・第二選択として広く使用されています。


治療の基本方針

急性期と維持期の区分

双極性障害の薬物治療は急性躁病エピソード急性抑うつエピソード維持療法の3段階に分かれます。

急性躁病期では、非定型抗精神病薬(オランザピン、クエチアピン、リスペリドン)が第一選択です。これらは躁状態の興奮・多動を数日~数週間で軽減します。効果不十分な場合、リチウムやバルプロ酸を追加または併用します。

急性抑うつ期では、ラモトリギンが第一選択薬として推奨されます。一部の患者には非定型抗精神病薬(特にクエチアピン)も有効です。従来の三環系抗うつ薬は躁転(抑うつから躁への転換)リスクがあるため、推奨されません。

維持療法は再発防止が目的であり、6ヵ月以上の継続投与が標準です。リチウムは躁・抑うつの両極の再発を約50%削減する唯一のエビデンスを有する薬剤です。バルプロ酸は躁の再発防止に優れ、ラモトリギンは抑うつ再発防止に特に有効です。

重症度別の戦略

軽症~中等症では単剤療法(リチウム、バルプロ酸、またはラモトリギン)から開始します。

中等症~重症、特に精神病性特徴(幻覚・妄想)を伴う場合は、非定型抗精神病薬を主軸に気分調整薬を併用します。

急性激越状態には、緊急性に応じて筋肉注射(ハロペリドール、パリペリドン)を考慮することもあります。


薬効群別の一覧

1. リチウム

項目 内容
代表薬 リチウム炭酸塩(一般名)/ リーマス®(シンバルタ®と混同注意)
剤形 錠剤(250mg, 400mg)、徐放剤
機序 単球球体アデニル酸シクラーゼの活性を低下させ、セカンドメッセンジャー系を調整。神経成長因子(BDNF)増加、神経保護作用。正確な機序は未完全に解明
適応の位置付け 躁・抑うつ双方の再発防止(維持療法)に第一選択。急性躁病にも有効。国際ガイドライン(NICE, APA)での推奨度A
主な副作用 手指振戦、多尿・多飲(尿崩症様症状)、甲状腺機能低下症(10~30%)、腎機能低下、認知機能障害、体重増加、催奇形性(第1三半期の心奇形リスク)
禁忌・相対禁忌 重度腎障害(eGFR <30)、脱水傾向、妊娠特に第1三半期、授乳、ナトリウム利尿薬併用時
血中濃度 治療域:0.6~1.2 mmol/L(維持療法)。中毒域:≥2.0 mmol/L。定期モニタリング必須

薬剤師コメント: リチウムは「薬物治療の金標準」ですが、治療指数が狭く(治療域と中毒域が近い)、脱水・食塩摂取量の変動で血中濃度が変わります。患者教育(水分摂取、塩分管理)と3ヵ月ごとの血液検査が必須です。


2. バルプロ酸

項目 内容
代表薬 バルプロ酸ナトリウム(一般名) / デパコート®、セレニカR®
剤形 錠剤(100mg, 200mg, 500mg)、徐放錠、散剤、シロップ
機序 GABA合成酵素グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)を活性化し、中枢神経系のGABA濃度を増加。HDAC(ヒストン脱アセチラーゼ)阻害による遺伝子発現調節も関与
適応の位置付け 躁病の再発防止(特に高い有効性)と急性躁病治療の第一選択。抑うつエピソード改善は限定的。わが国では保険適応
主な副作用 肝機能障害(特に投与初期)、血小板減少、胃腸症状(嘔気、下痢)、体重増加、脱毛(一過性)、手指振戦、催奇形性(神経管閉鎖障害リスク増加)
禁忌・相対禁忌 重度肝機能障害、活動性肝疾患、妊娠(第1~第3三半期、特にリスク)、授乳、血液疾患
血中濃度 治療域:50~100 μg/mL。定期モニタリング推奨

薬剤師コメント: バルプロ酸は躁の急性悪化に対し比較的速効(数日)が期待できます。肝機能とγ-GTP、血小板数の定期確認が重要です。妊娠可能女性に投与する際は、催奇形性リスクの十分な説明と避妊指導が必須です。


3. ラモトリギン

項目 内容
代表薬 ラモトリギン(一般名) / ラミクタール®
剤形 錠剤(25mg, 100mg)、チュアブル錠
機序 電位依存性ナトリウムチャネル遮断、グルタミン酸放出抑制。抗グルタミン酸作用が抑うつ改善に貢献
適応の位置付け 双極性抑うつ(特にII型)の治療と再発防止の第一選択。躁状態には無効またはむしろ悪化の可能性
主な副作用 Stevens-Johnson症候群(SJS)・中毒性表皮壊死融解症(TENS)(投与初期、0.3%)、皮疹(3~10%、軽症から重症まで様々)、複視・視野障害、頭痛、嘔気、運動失調
禁忌・相対禁忌 SJS/TENS既往歴、重度肝機能障害、重度腎機能障害。相対禁忌として高齢者、女性、急速用量上昇
用量調整 徐徐な用量上昇(slow titration)が必須。バルプロ酸併用時は用量を半減

薬剤師コメント: ラモトリギンのSJS/TENS発症リスクは用量上昇速度と関連しています。わが国のガイドラインでは「25mgから開始し2週間ごとに25~50mg増量」が基本です。投与開始後2~8週間の皮疹発生に細心の注意が必要です。


4. クエチアピン

項目 内容
代表薬 クエチアピン(一般名) / セロクエル®、セロクエルXR®
剤形 錠剤(25mg, 100mg, 200mg)、徐放錠(XR製剤)
機序 D2ドーパミン受容体拮抗(弱い)、5-HT2A/2C受容体拮抗が主。H1受容体、α1受容体も遮断。非定型抗精神病薬の中では「中程度の強さ」
適応の位置付け 急性躁病と双極性抑うつの両方に第一選択。特に躁状態の激越・不眠に迅速な効果。維持療法にも有効
主な副作用 鎮静(初期)、体重増加、メタボリック効果(血糖上昇、脂質異常)、直立性低血圧、QT間隔延長(高用量)、白内障リスク(長期投与で定期眼科検診推奨)
禁忌・相対禁忌 昏睡、QT延長症候群、重度肝機能障害、低血圧、相対禁忌として糖尿病、脂質異常症
用量 双極性躁:300~600mg/日(分割投与)。双極性抑うつ:50~300mg/日。高齢者では低用量から開始

薬剤師コメント: クエチアピンはセロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)と異なり、躁転リスクが低いため、双極性抑うつの第一選択の一つです。初期鎮静が強いため、就寝前投与で患者満足度向上が期待できます。


5. オランザピン

項目 内容
代表薬 オランザピン(一般名) / ジプレキサ®、ジプレキサ筋注®
剤形 錠剤(2.5mg, 5mg, 10mg)、口腔内崩壊錠、粉砕散剤、筋肉注射
機序 D2ドーパミン受容体、5-HT2A受容体の強力な遮断。H1受容体、ムスカリン受容体も遮断
適応の位置付け 急性躁病と双極性うつの両方に第一選択。躁状態の激越・妄想に特に有効。維持療法でも再発防止効果は高い
主な副作用 体重増加(最大2kg/4週間の報告)、メタボリック効果(血糖値上昇・糖尿病発症リスク)、高プロラクチン血症(女性で月経異常、乳汁分泌)、鎮静、QT延長(高用量)、脂質異常症
禁忌・相対禁忌 糖尿病または糖尿病既往(相対禁忌として慎重投与)、高プロラクチン血症既往、高齢者での脳卒中リスク、QT延長症候群
用量 急性躁:10~20mg/日(分割または就寝前)。維持:5~20mg/日

薬剤師コメント: オランザピンは非定型抗精神病薬の中でメタボリック効果が最も顕著です。3~6ヵ月ごとの血糖、HbA1c、脂質パネル、体重測定が推奨されます。


6. リスペリドン

項目 内容
代表薬 リスペリドン(一般名) / リスパダール®
剤形 錠剤(0.5mg, 1mg, 2mg)、口腔内崩壊錠、液剤、筋注(パリペリドン パルミチン酸エステル長時間作用型)
機則 D2ドーパミン受容体とセロトニン5-HT2A受容体の均等な遮断。比較的強力な受容体占有
適応の位置付け 急性躁病治療と维持療法の第一選択。特に精神病性特徴を伴う躁状態に効果的。抑うつ効果は限定的
主な副作用 高プロラクチン血症(特に女性:月経異常、性機能障害)、体重増加(軽~中程度)、鎮静、錐体外路症状(用量依存性)、直立性低血圧、QT延長
禁忌・相対禁忌 高プロラクチン血症既往、QT延長症候群、Parkinson病、脳卒中既往
用量 急性躁:3~8mg/日(分割)。維持:2~6mg/日。高齢者では低用量

薬剤師コメント: リスペリドンは高プロラクチン血症のリスクがオランザピンより高いため、特に若年女性では月経・乳汁分泌の変化に注意が必要です。


7. カルバマゼピン

項目 内容
代表薬 カルバマゼピン(一般名) / テグレトール®
剤形 錠剤(100mg, 200mg)、徐放錠、懸濁液
機序 電位依存性ナトリウムチャネル遮断、グルタミン酸放出抑制。抗おけいれん作用と同一機序
適応の位置付け 躁病の再発防止(第二選択)。リチウム失効時やバルプロ酸不耐性時の代替薬
主な副作用 眠気、複視・霧視、運動失調、皮疹(SJS/TENS:0.25~0.3%)、低ナトリウム血症(SIADH)、肝機能障害、血球減少症、薬物相互作用が多い(特にCYP3A4誘導)
禁忌・相対禁忌 SJS/TENS既往、重度肝機能障害、骨髄抑制、HLA-B*1502遺伝子型陽性患者(アジア人種で重篤皮疹リスク)
薬物相互作用 多くの薬物のメタボリズムを加速(経口避妊薬、テオフィリン、ワルファリン等の効果低下)

薬剤師コメント: カルバマゼピンはCYP3A4の強力な誘導薬のため、併用薬が多い患者では使用回避または代替薬検討が推奨されます。


選択のポイント:患者背景別の使い分け

高齢患者(65歳以上)

  • 第一選択: ラモトリギン、クエチアピン(低用量から漸増)
  • 回避薬: リチウム(脱水リスク高、腎機能低下)、バルプロ酸(肝機能・血球減少モニタリング煩雑)
  • 理由: 高齢者は水分調節能が低下し、リチウムの血中濃度変動が大きくなります。また、認知機能への悪影響も懸念されます。クエチアピンは直立性低血圧リスクがあるため、50mgから開始し2週間ごとに50mg増量が推奨です。

腎機能障害患者(eGFR <60)

  • 回避薬: リチウム(GFR <30では相対禁忌)、ラモトリギン(蓄積リスク)
  • 第一選択: バルプロ酸、クエチアピン、オランザピン
  • 理由: リチウムは腎から100%排泄されるため、GFR <60では用量調整または投与中止を検討します。定期的な血液検査(クレアチニン、電解質)が必須です。

肝機能障害患者(AST/ALT >3倍基準値上限)

  • 回避薬: バルプロ酸、カルバマゼピン、リチウム(間接的)
  • 第一選択: ラモトリギン、クエチアピン(低用量)
  • 理由: バルプロ酸は肝代謝を受けるため、肝障害患者では血中濃度上昇と肝毒性リスクが増加します。クエチアピン、オランザピンは肝代謝を受けますが、比較的安全域が広いとされています。

併存疾患:糖尿病またはメタボリック症候群

  • 第一選択: ラモトリギン、リチウム
  • 第二選択: クエチアピン(低用量)、バルプロ酸
  • 回避薬: オランザピン、リスペリドン(メタボリック効果が顕著)
  • 理由: オランザピンとリスペリドンは血糖値上昇、体重増加が高頻度(30~40%)です。既に糖尿病患者では避けるべきです。

妊娠可能女性・妊娠中

非妊娠時の計画的妊娠検討フェーズ:

  • リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンはいずれも催奇形性リスクを有しますが、完全な回避は非現実的です。
  • 推奨戦略: 妊娠希望者には産婦人科・精神科・薬剤師の三者による相談外来で、リスク・ベネフィットを議論し、患者の自由な選択を支援します。

妊娠確定後:

  • 第1三半期(催奇形性最高リスク期): リチウムは心奇形(Ebstein奇形)リスク増加(相対リスク20倍)、バルプロ酸は神経管閉鎖障害(1~2%)、カルバマゼピンも同様。
  • 推奨薬: ラモトリギンまたはクエチアピン(相対的に催奇形性データが少ないが安全性が比較的良好)。ただしいずれも完全な安全性は保証されません。
  • 葉酸サプリメント補充: バルプロ酸またはカルバマゼピン継続時は4~5mg/日の葉酸を妊娠3ヵ月前から妊娠3ヵ月後まで補充。

授乳期:

  • リチウムは乳汁移行(乳汁/血清濃度比 0.4~1.0)があり、新生児甲状腺機能低下症や低張力症のリスクあり。授乳は原則回避または非常に慎重に。
  • バルプロ酸、ラモトリギン、クエチアピン、オランザピンは乳汁移行が少なく、相対的には授乳許容とされています。

併用療法・順序:単剤失効時の追加・切替戦略

治療反応不十分(4~6週間無効)の場合

ステップ1:単剤療法の最適化

  • 投与量を治療域下限から上限に増量し、さらに4~6週間観察
  • 血中濃度測定(リチウム、バルプロ酸、ラモトリギン)を確認

ステップ2:別系統の気分調整薬への切替

  • リチウム失効 → バルプロ酸またはラモトリギンに切替
  • バルプロ酸失効 → リチウムまたはラモトリギンに切替
  • ラモトリギン失効(抑うつが続く場合) → クエチアピンまたはセルトラリン(SSRI;躁転リスク許容下)

ステップ3:併用療法

併用パターン 臨床的位置付け 注意点
リチウム + バルプロ酸 難治性躁病に有効。相乗効果あり 腎・肝機能、血中濃度の二重モニタリング必須
リチウム + ラモトリギン 双極性抑うつの再発防止に有効 相互作用少ないが、腎機能監視
バルプロ酸 + クエチアピン 急性躁病と維持療法の標準併用 メタボリック効果の加算に注意
ラモトリギン + クエチアピン 双極性抑うつと躁転防止を両立 薬物相互作用はほぼなし
リチウム + 非定型抗精神病薬 急性躁と長期維持の共通戦略 神経毒性(lithium neurotoxicity)の報告あり;用量調整と監視

躁転(抑うつから躁への転換)が生じた場合

  1. SSRI/SNRIは即座に中止
  2. 非定型抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン)を追加または増量
  3. ラモトリギンを継続(躁転を促進しないことが多い)
  4. 必要に応じてリチウムまたはバルプロ酸の併用

非薬物療法:生活指導・食事

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