【心不全】の薬一覧——薬剤師が種類・機序・使い分けを解説

概要

心不全とは、心臓の収縮機能および/または拡張機能の低下により、全身の酸素需要を満たす充分な血液を拍出できない状態を指します。左室駆出率(LVEF)の低下度合いにより分類され、急性期には循環血液量の調整が必要ですが、慢性心不全の管理では神経内分泌系の抑制と心臓保護が主眼となります。近年のガイドラインでは、ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)、β遮断薬、SGLT2阻害薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)の四者併用が強く推奨されており、これらの早期導入と段階的な用量増加により予後が大幅に改善します。


治療の基本方針

第一選択(推奨治療)

左室駆出率低下型心不全(HFrEF, LVEF ≤40%) において、以下の4剤を基本薬とします:

  1. ARNI:sacubitril/valsartan(サクビトリル/バルサルタン)

    • 最初のACE阻害薬またはARBからの切替えが標準。ネプリライシン阻害によるBNP/ANPの保護と、ARBによるアンジオテンシンII抑制の両立。
  2. β遮断薬:bisoprolol(ビソプロロール)、carvedilol(カルベジロール)、またはsustained-release metoprolol(メトプロロール)

    • 交感神経系の過剰活動を抑制し、心拍数低下と左室リモデリングの抑制。
  3. SGLT2阻害薬:dapagliflozin(ダパグリフロジン)、empagliflozin(エンパグリフロジン)

    • 糖尿病の有無を問わず全HFrEF患者に適応が拡大。心臓リモデリング抑制と利尿効果。
  4. MRA:spironolactone(スピロノラクトン)またはeplerenone(エプレレノン)

    • アルドステロン系の過剰活動を抑制し、線維化と突然死を低減。

これら4剤を段階的に導入し、目標用量(or最大耐用量)への到達を目指します。

第二選択・追加療法

  • ARNI未導入例 → ARB/ACE阻害薬で開始(例:lisinopril(リシノプリル)、losartan(ロサルタン))
  • 症状コントロール不十分 → 利尿薬(フロセミド等)、硝酸薬の併用
  • QRS延長例(≥120ms) → 心臓再同期療法(CRT)や人工心臓の適応検討

重症度別戦略

重症度 NYHA分類 推奨アプローチ
軽症 I–II ARNI + β遮断薬 + SGLT2阻害薬から開始、忍容性みて MRA追加
中等症 II–III 上記4剤の同時導入または段階的導入、用量滴定
重症 III–IV 入院下での利尿薬・強心薬管理後、4剤への段階的移行、ICD/CRT検討
急性増悪 IV(AHF) 静脈利尿薬・血管拡張薬・強心薬、安定後に上記4剤へ移行

薬効群別一覧

1. ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)

項目 内容
代表薬 sacubitril/valsartan(サクビトリル/バルサルタン)
商品名: エントレスト
一般名/用量 sacubitril/valsartan 50/50mg~200/200mg, 1日2回経口
機序 ネプリライシン阻害によるBNP/ANP分解抑制 + ARBによるAT1受容体拮抗 → 神経内分泌系抑制 + 利尿・血管拡張作用
適応の位置付け HFrEF第一選択。ACE阻害薬/ARB から切替えで生存率改善エビデンス多数(PARADIGM-HF試験)
主な副作用 低血圧、咳嗽(ARBに比べ低頻度)、高カリウム血症、急性腎障害(重度腎機能低下時)
禁忌・慎重投与 ACE阻害薬との併用禁止、妊娠・授乳中禁止、eGFR <15 mL/min/1.73m² で使用経験少ない
監視項目 血圧、血清カリウム、クレアチニン 2週間後、その後 3~6ヶ月ごと

2. β遮断薬(心不全用)

項目 内容
代表薬 bisoprolol(ビソプロロール)
carvedilol(カルベジロール)
sustained-release metoprolol(メトプロロール徐放)
商品名: ビソプロロール(各社)、アーチスト(carvedilol)、ベーラック(metoprolol SR)
用量例 bisoprolol 1.25~10mg 1日1回、carvedilol 3.125~25mg 1日2回、metoprolol SR 25~190mg 1日1回
機序 β1受容体拮抗 → 心拍数低下、収縮力抑制、血圧低下 → 左室リモデリング抑制、突然死低減
適応の位置付け HFrEF第一選択(クラスI)。全ての患者に推奨。
主な副作用 徐脈(HR <50bpm で減量検討)、低血圧、疲労感、気管支喘息増悪(カルベジロールは α遮断作用で若干有利)
禁忌・慎重投与 急性心不全増悪期、徐脈性不整脈、2度以上の房室ブロック、非代償的心不全(安定後は可)
監視項目 心拍数、血圧、症状 → 目標HR 50~60bpm、段階的用量増加(2週間4週間ごと)

3. SGLT2阻害薬

項目 内容
代表薬 dapagliflozin(ダパグリフロジン)
empagliflozin(エンパグリフロジン)
商品名: フォシーガ(dapagliflozin)、ジャディアンス(empagliflozin)
用量 dapagliflozin 10mg 1日1回、empagliflozin 10mg 1日1回(腎機能低下時は 5mg も選択肢)
機序 近位尿細管でのグルコース再吸収阻害 → 浸透圧利尿、ナトリウム利尿 + 交感神経・RAAS抑制 + 心臓ミトコンドリア機能改善
適応の位置付け 糖尿病の有無を問わず全HFrEF患者(クラスIIA)。SGLT2i-HFrEF試験で死亡/心不全入院 26%低減(DAPA-HF, EMPEROR-Reduced)
主な副作用 性器感染症(特に女性)、ケトアシドーシス(稀)、体液量減少、低血糖(インスリン併用時)、脳梗塞(後向きコホートで議論あり)
禁忌・慎重投与 1型糖尿病(ケトアシドーシスリスク)、重度腎機能低下(eGFR <20)、急性心不全入院中は慎重、妊娠・授乳中
監視項目 血糖(HbA1c)、腎機能(eGFR, クレアチニン)、性器感染症の自覚症状 → 3~6ヶ月ごと

4. MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)

項目 内容
代表薬 spironolactone(スピロノラクトン)
eplerenone(エプレレノン)
商品名: アルダクトンA(spironolactone)、セララ(eplerenone)
用量 spironolactone 12.5~50mg 1日1回、eplerenone 25~50mg 1日1回
機序 ミネラルコルチコイド受容体拮抗 → アルドステロン系抑制 → カリウム保持利尿 + 線維化抑制、心筋保護
適応の位置付け HFrEF第一選択(クラスI)。ARNI・β遮断薬導入後、血清カリウムとクレアチニン確認後追加。eplerenone は spironolactone よりホルモン副作用(女性化乳房)が少ない。
主な副作用 高カリウム血症(最重要)、女性化乳房(spironolactone > eplerenone)、乳房痛、月経異常、急性腎障害
禁忌・慎重投与 K ≥5.5 mEq/L、eGFR <30 mL/min/1.73m²、妊娠・授乳中、ACE阻害薬/ARB/NSAIDsとの多剤併用時は慎重
監視項目 血清カリウム(導入後 3~5日、1~2週間、その後 1~3ヶ月ごと)**、クレアチニン/eGFR、症状悪化

5. ACE阻害薬/ARB(ARNI未導入例の代替)

項目 内容
代表薬 lisinopril(リシノプリル)
enalapril(エナラプリル)
losartan(ロサルタン)
candesartan(カンデサルタン)
用量例 lisinopril 5~40mg 1日1回、losartan 50~100mg 1日1回、candesartan 4~8mg 1日1回
機序 ACE阻害またはAT1受容体拮抗 → レニン-アンジオテンシン系抑制 → 血管拡張、利尿、心臓リモデリング抑制
適応の位置付け ARNI導入前段階、または ARNI 禁忌・非効果例の代替(クラスI)。ARNI が入手不可の環境では引き続き推奨。
主な副作用 咳嗽(ACE阻害薬で 10~20%)、低血圧、高カリウム血症、急性腎障害、血管浮腫(稀)
禁忌・慎重投与 妊娠・授乳中、両側腎動脈狭窄、eGFR <30 は慎重、ARNI との併用禁止
監視項目 血圧、血清カリウム、クレアチニン/eGFR(2~4週間後、その後 3ヶ月ごと)

6. 利尿薬(ループ利尿薬)

項目 内容
代表薬 furosemide(フロセミド)
torasemide(トラセミド)
商品名: ラシックス(furosemide)、ルプラック(torasemide)
用量 furosemide 20~80mg 1日1~2回(静注も用いられる)、torasemide 4~8mg 1日1回
機序 ヘンレループ上行脚での Na-K-2Cl同時輸送体阻害 → 強力な利尿・ナトリウム排泄 → 肺うっ血・末梢浮腫改善
適応の位置付け 症状管理用(クラスI)。肺うっ血・体液貯留のある患者に必須。単独では予後改善エビデンスなし → 他の4剤に次ぐ位置付け。
主な副作用 体液減少、低カリウム血症、低ナトリウム血症、耳毒性(高用量)、高血糖、尿酸値上昇、低血圧
禁忌・慎重投与 著明な電解質異常、腎不全(eGFR <20 では用量増加が必要)、肝硬変(腹水時は利尿制限)
監視項目 体重(1日単位)、浮腫、肺音、血清 Na/K、クレアチニン、症状(呼吸困難など)

7. 硝酸薬(血管拡張薬)

項目 内容
代表薬 isosorbide dinitrate(イソソルビドジニトレート)
isosorbide mononitrate(イソソルビドモノニトレート)
商品名: フランドル(isosorbide dinitrate貼付剤)、モノラック(mononitrate)
用量 isosorbide dinitrate 5~10mg 1日2~3回、isosorbide mononitrate 20mg 1日1回など(ニトレート耐性回避のため無治療時間8時間以上)
機序 グアニル酸シクラーゼ活性化 → cGMP増加 → 血管平滑筋弛緩 → 前負荷・後負荷低減 → 症状改善
適応の位置付け 症状改善補助(クラスIIA)。ARNI・β遮断薬・MRA等で不十分な呼吸困難、狭心症併存時に追加。単独では予後改善エビデンスなし。
主な副作用 頭痛、低血圧、反射性頻脈、ニトレート耐性(連続投与で生じるため無治療期間設定が必須)
禁忌・慎重投与 phosphodiesterase-5阻害薬(シルデナフィル等)との併用禁止、重度低血圧、肥大型心筋症、右心室梗塞
監視項目 血圧、頭痛/頭部症状、症状改善度、ニトレート耐性の有無(効果減弱の場合は休薬日設定)

8. IF阻害薬(イフチライド含む、限定的用途)

項目 内容
代表薬 ivabradine(イバブラジン)
商品名: コララン
用量 ivabradine 5mg 1日2回(用量調整: 2.5~7.5mg 1日2回)
機序 洞房結節の If(funny current)チャネル選択的阻害 → 心拍数低減(β遮断薬と異なり心収縮力へは影響少ない)
適応の位置付け HFrEF で HR ≥70bpm かつ β遮断薬が低用量/非耐容の場合(クラスIIB)。β遮断薬の補助的役割。主要試験(SHIFT)では入院低減効果あり。
主な副作用 徐脈(≤40bpm で減量)、視覚症状(光の乱反射)、房室ブロック
禁忌・慎重投与 HR <60bpm、房室ブロック、ペースメーカー依存患者、妊娠・授乳中
監視項目 心拍数、視覚症状、QT延長(ECG)、症状

選択のポイント:患者背景別使い分け

高齢患者(≥75歳)

  • ARNI・β遮断薬・SGLT2阻害薬・MRA はいずれも年齢のみでは禁止されず、推奨。
  • 注意点
    • 低血圧・徐脈リスク増加 → 初期用量を低めに設定、緩徐増量
    • 高カリウム血症リスク増加 → MRA導入前に eGFR ≥30, K <5.0 mEq/L 確認
    • 腎機能低下例が多い → クレアチニン/eGFR 定期監視(1~3ヶ月ごと)
    • 多剤併用による相互作用 → NSAIDs は可能限り回避、ACE阻害薬との重複投与禁止

腎機能低下(eGFR <60, <30)

eGFR ARNI β遮断薬 SGLT2i MRA ACE-I/ARB
45–60 通常用量 通常用量 通常 通常(K監視) 通常用量
30–45 通常用量 通常用量 通常(稀に 5mg) 慎重(K監視強化) 用量調整検討
15–30 慎重/要相談 通常 禁止 禁止 慎重/要相談
<15 避ける 通常 禁止 禁止 避ける

基本戦略

  • eGFR <30 では SGLT2i・MRA 初期導入を避ける、K・Cr 頻回監視(1~2週間ごと)。
  • eGFR <15 では腎専門医・心臓専門医との協力必須。
  • 急性腎障害(AKI)時は全ての RAAS阻害薬を一時休止し、安定後に再開。

糖尿病併存

  • 第一選択:SGLT2i が格別に有用 → HbA1c低下 + 心不全改善二重効果。
  • ARNI・β遮断薬・MRA も変わらず推奨。
  • 利尿薬:高血糖リスク若干増加するため、SGLT2i で相殺される傾向。
  • インスリン使用中:SGLT2i でケトアシドーシスリスク存在 → 患者教育・定期監視強化。

肝機能低下・肝硬変

  • ARNI・ACE-I/ARB・SGLT2i・利尿薬は軽度~中等度肝機能低下では通常用量可。
  • MRA(特に spironolactone):肝硬変で門脈圧亢進・腹水がある場合、利尿制限の対象 → eplerenone への変更検討。
  • 薬物代謝低下例では用量調整・増量ペース緩徐化。

妊娠・授乳

  • 禁止:ARNI、ACE-I/ARB、SGLT2i、MRA(全て催奇形性あり)
  • 相対的安全性高い:β遮断薬(特に labetalol、atenolol の経験豊富)、ループ利尿薬(妊娠高血圧腎症で使用実績多い)
  • 戦略:妊娠前に RAAS阻害薬から β遮断薬・利尿薬への切替えを検討、産婦人科と心臓科の協力。出産後速やかに ARNI・MRA 復帰可能。

低血圧(SBP <90 mmHg)

  • ARNI・ACE-I/ARB・硝酸薬 の用量削減または一時中断。
  • β遮断薬・SGLT2i・MRA は血圧に大きく依存しないため継続可能(ただし利尿薬は検討)。
  • 機械的補助循環(IABP, VAD)導入前は薬物療法の最適化を優先。

不整脈併存(心房細動など)

  • ARNI・β遮断薬・SGLT2i・MRA に心房細動の改善/悪化特有のリスクなし。
  • β遮断薬の心拍数制御作用が有用(心房細動の心室応答抑制)。
  • IF阻害薬(ivabradine):心房細動患者ではやや使いづらい(心房細動時の数値心拍数管理が困難)。

併用療法・順序:段階的導入と失効時の切替え

段階的導入プロトコル(安定慢性心不全)

第1段階:ARNI + β遮断薬(同時開始か、先行か医師判断)

  • 初期用量:sacubitril/valsartan 50/50mg BID、bisoprolol 1.25mg OD など
  • 2~4週間ごとに忍容性・血圧・HR・K・Cr 確認 → 用量増加

第2段階(1~2ヶ月後):SGLT2阻害薬の追加

  • dapagliflozin 10mg OD など
  • 腎機能・血糖確認後追加、ケトアシドーシスリスク患者教育

第3段階(さらに1~2ヶ月後):MRA の追加

  • K <5.0 mEq/L, eGFR

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