【胃がん】の薬一覧——薬剤師が種類・機序・使い分けを解説

概要

胃がんは本邦における高罹患率の悪性腫瘍で、進行度に応じて治療戦略が決定される。切除可能な段階では外科手術が主体だが、切除不能・転移症例では全身化学療法が必須となる。第一選択の標準レジメンはS-1とシスプラチンの併用療法であり、HER2陽性例ではハーセプチン(トラスツマブ)の追加が基本方針である。再発・難治症例では免疫チェックポイント阻害薬やラムシルマブなどの血管新生阻害薬への切替が行われ、個々の患者背景と遺伝子発現パターンに応じた精密医療が進行中である。


治療の基本方針

Stage別治療戦略

Stage I〜II(早期がん)
外科的根治手術が第一選択である。術後補助化学療法の必要性は深達度・リンパ節転移に応じて判断される。一般的にStage II以上ではS-1単剤またはS-1+シスプラチン併用の術後補助療法が推奨される。

Stage III(進行がん、切除可能)
化学放射線療法または術前化学療法(NAC)→手術→術後補助化学療法の3段階アプローチが標準である。NAC選択時はS-1+シスプラチンまたはフルオロウラシル(5-FU)+シスプラチン+ドセタキセル(DCF療法)が用いられる。

Stage IV(切除不能・遠隔転移)
全身化学療法が第一選択となる。HER2発現状況の検査を先行し、陽性例ではハーセプチン+シスプラチン+S-1(またはフルオロウラシル)、陰性例ではS-1+シスプラチンまたはDCF療法が標準レジメンである。

再発・一次治療失効時の戦略

一次治療(第一選択レジメン)無効または再発した症例に対しては、以下の優先順位で検討される:

  1. HER2状態の再評価 — 一次治療開始時と異なるHER2発現の可能性
  2. 免疫チェックポイント阻害薬 — ニボルマブ(オプジーボ)またはペムブロリズマブ(キイトルーダ)、特にMSI-High/dMMR症例で有効
  3. ラムシルマブ — 前治療後の二次治療として血管新生阻害の効果が確認
  4. 三次以降 — パクリタキセル単剤またはイリノテカン単剤の緩和的投与を検討

薬効群別 治療薬一覧

1. フッ化ピリミジン系(5-FU/S-1、UFT)

項目 内容
代表薬 S-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合)、5-フルオロウラシル(5-FU)、UFT(ウラシル・フトラフール配合)
作用機序 チミジル酸合成酵素(TS)阻害により、DNA/RNA合成を妨害する代謝拮抗薬。S-1は5-FUの生物利用性向上を目的とした経口製剤
適応位置付け 第一選択薬。ほぼすべての段階の胃がんに用いられ、術後補助療法から進行・転移症例まで広く使用される
主な副作用 骨髄抑制(好中球減少、血小板減少)、下痢、口内炎、手足症候群(5-FUより低頻度)、嘔吐
禁忌・注意 重度の骨髄抑制、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)欠損症(5-FU/S-1の急性毒性リスク)、妊娠・授乳中、腎機能高度低下(Ccr <30 mL/min)
用量調整 肝機能、腎機能、年齢(75歳以上は減量開始を検討)に応じて調整

2. プラチナ製剤(シスプラチン、オキサリプラチン)

項目 内容
代表薬 シスプラチン(DDP)、オキサリプラチン(L-OHP)
作用機序 プラチナイオンがDNAと架橋形成し、DNA複製・転写を阻害。二量体形成により細胞死誘導
適応位置付け 第一選択のパートナー。S-1との併用がStandard of Care。シスプラチンはS-1+シスプラチン療法、DCF療法の基幹薬。オキサリプラチンはより毒性が低く、進行例での選択肢
主な副作用 シスプラチン — 腎毒性(水分補充・マニトール併用で軽減)、末梢神経障害、聴覚障害、嘔吐(5-HT3受容体拮抗薬で管理)、骨髄抑制 / オキサリプラチン — 急性神経障害(冷感刺激で悪化、温度管理重要)、累積神経障害、アレルギー反応
禁忌・注意 重度の腎機能低下(シスプラチン: Ccr <50 mL/minは慎重)、聴覚障害既往(シスプラチン)、ニューロパチー既往(オキサリプラチン)
用量調整 腎機能(シスプラチンはCcr基準)、電解質(ナトリウム、マグネシウム)、神経障害スコア

3. ハーセプチン(トラスツマブ、HER2標的抗体)

項目 内容
代表薬 トラスツマブ(ハーセプチン), ペルツマブ(パージェタ; HER2二量体形成阻害、臨床試験段階多い)
作用機序 HER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor 2)に対するヒト化モノクローナル抗体。HER2シグナルをブロックし、ADCC(抗体依存性細胞傷害)を誘導
適応位置付け HER2陽性胃がん(IHC3+ または FISH陽性)の標準治療。診断時にHER2検査は必須。シスプラチン+S-1またはフルオロウラシル+ハーセプチン併用が第一選択
主な副作用 左室駆出率(LVEF)低下・心不全(治療前LVEF計測必須)、アレルギー反応(初回投与時)、感染症易感性(軽度)、手足症候群(5-FU併用時)
禁忌・注意 治療前LVEF <50%、活動性心疾患、強い心不全既往、妊娠・授乳中(胎児奇形リスク、乳児への移行)、重度の腎機能低下(クリアランス低下で薬物蓄積)
用量調整 LVEF低下が認められた場合は投与中止または再開検討。腎機能による用量調整は標準的にはないが、高齢者・腎機能低下例は慎重投与

4. 免疫チェックポイント阻害薬(CPi: ニボルマブ、ペムブロリズマブ)

項目 内容
代表薬 ニボルマブ(オプジーボ; PD-1阻害薬)、ペムブロリズマブ(キイトルーダ; PD-1阻害薬)
作用機序 PD-1(Programmed Death-1)に結合し、PD-L1/L2シグナルをブロック。T細胞の活性化を回復し、腫瘍細胞への免疫攻撃を促進
適応位置付け 一次治療失効後の二次治療。特にMSI-High(Microsatellite Instability)またはdMMR(Deficient Mismatch Repair)症例で高い奏効率。一次治療における併用療法(化学療法+ニボルマブ)の臨床試験が進行中
主な副作用 免疫関連有害事象(irAE) — 重症化の可能性あり: 肺炎(Grade 3/4で致命的)、大腸炎、肝炎、内分泌異常(甲状腺機能低下、1型糖尿病)、皮疹、神経障害。軽度症状で対症療法、中等度以上でコルチコステロイド治療
禁忌・注意 自己免疫疾患既往(悪化リスク)、間質性肺炎既往、活動性感染症、重度の肝機能障害(AST/ALT >5×ULN)、妊娠・授乳中(免疫調節のため避妊推奨)
モニタリング 開始前: LDH、肺機能検査(胸部X線)、肝腎機能。投与中: 毎回採血(CBC, CMP, LDH)、症状出現時は詳細検査

5. ラムシルマブ(血管新生阻害薬, VEGFR2阻害)

項目 内容
代表薬 ラムシルマブ(サイラムザ; VEGFR2に対するヒト化モノクローナル抗体)
作用機序 VEGF受容体2(VEGFR2)に結合し、血管内皮増殖因子(VEGF)シグナルを遮断。腫瘍血管新生を抑制し、腫瘍成長と転移を阻止
適応位置付け 一次治療後の二次治療。前治療(通常S-1+シスプラチン)後の進行症例にフルオロウラシル+イリノテカンまたはパクリタキセルとの併用で投与。単剤での有効性はなし
主な副作用 高血圧(治療前から血管学的スクリーニング必須)、蛋白尿、鼻出血、消化管穿孔(稀だが重篤)、創傷治癒遅延、塞栓性疾患(DVT、脳梗塞)、手足症候群
禁忌・注意 活動性出血、重度の高血圧(≥160/100 mmHgで投与延期)、消化管穿孔の既往、最近の大手術(4週以内)、重度の腎機能低下(Ccr <30 mL/min)、妊娠・授乳中
用量調整 高血圧の程度に応じて投与延期・再開判断。蛋白尿(>2 g/日)で用量減量または中止検討

6. タキサン系(ドセタキセル、パクリタキセル)

項目 内容
代表薬 ドセタキセル(タキソテール), パクリタキセル(タキソール)
作用機序 微小管安定化薬。β-チューブリンに結合し、微小管脱重合を阻害。M期での細胞周期停止と細胞死誘導
適応位置付け ドセタキセルはDCF療法(ドセタキセル+シスプラチン+5-FU)の基幹薬で、NAC(術前化学療法)や進行症例一次治療で用いられる。パクリタキセルは二次治療で選択、特にニューロパチー既往でドセタキセルが用いられない場合
主な副作用 骨髄抑制(好中球減少は用量制限毒性)、末梢神経障害(累積的、パクリタキセルで高頻度)、脱毛、爪障害、アレルギー反応(ハイパーセンシティビティ、前投薬で軽減)、関節痛
禁忌・注意 Grade 4好中球減少、重度のニューロパチー(CTCAE Grade ≥3)、重度の肝機能障害(ビリルビン >3×ULN)、ドセタキセル投与後2週間以内のアルコール多量摂取は避ける
用量調整 好中球数(1000/μL未満で投与延期)、肝機能(AST/ALT, ビリルビン)、神経障害スコア(CTCAE分類で評価)

7. イリノテカン(トポイソメラーゼ I阻害薬)

項目 内容
代表薬 イリノテカン(カンプト)
作用機序 トポイソメラーゼI(DNA上部構造のほどき酵素)を阻害し、DNA損傷を誘導。S期での細胞死
適応位置付け 二次治療の選択肢。ラムシルマブとの併用療法で一次治療後の進行症例に投与。単剤療法より併用が推奨
主な副作用 下痢(遅延型、特にウリジン尿苷酸グルクロノシルトランスフェラーゼ[UGT1A1]ポリモーフィズム関連)、骨髄抑制、脱毛、アレルギー反応(稀)
禁忌・注意 UGT1A1ポリモーフィズム(投与前検査推奨; 7/7(ホモ接合)で毒性リスク高い)、重度の骨髄抑制、重度の肝機能障害、腎機能高度低下(Ccr <30 mL/min)
用量調整 UGT1A1ジェノタイプに応じた初回用量調整。好中球数・下痢の程度で減量。患者教育(水分補給、整腸薬の事前使用)

8. 分子標的薬その他(アファチニブ[EGFR阻害薬], 検討段階)

項目 内容
代表薬 アファチニブ(ジオトリム; EGFR/HER2デュアル阻害薬、臨床試験での検討が進行中)
作用機序 EGFR(Epidermal Growth Factor Receptor)およびHER2のチロシンキナーゼドメインを不可逆的に阻害
適応位置付け 現在、本邦での標準治療としての位置付けは確立していない。臨床試験または限定的適応での検討に留まる
主な副作用 下痢、皮疹、爪周囲炎、肝酵素上昇、間質性肺疾患(稀だが重篤)
禁忌・注意 重度の間質性肺炎既往、重度の肝機能障害、妊娠・授乳中

患者背景別 使い分けの要点

高齢者(75歳以上)

  • S-1用量: 初回用量を80 mg/body に引き下げて開始し、忍容性を確認した上で段階的に増量
  • シスプラチン: 腎機能低下が加速するため、Ccr基準を厳密に適用。オキサリプラチンの選択も検討
  • ハーセプチン: 心機能低下(加齢性)が頻出するため、投与前LVEF測定は必須。心不全既往がある場合は慎重投与
  • 免疫チェックポイント阻害薬: 免疫機能の低下により、irAEの重症化リスクと有効性のバランスを考慮
  • 推奨: 単剤療法またはより緩和的な併用療法を優先

腎機能低下(Ccr 30〜60 mL/min)

薬剤 対応
S-1 初回用量30%減、用量調整検査を短縮化(2週間ごと)
シスプラチン 用量減少(50%程度)またはオキサリプラチンへの切替を強く検討
ハーセプチン 用量調整は標準的にはないが、超高齢かつ低体重例は慎重
ラムシルマブ 蛋白尿・血圧のモニタリング頻度を増加
イリノテカン 用量20〜30%減量、または投与間隔延長

肝機能低下(AST/ALT 2〜5×ULN)

  • S-1: 80 mg/day 程度での開始、肝機能改善を待つ
  • シスプラチン: 用量20〜30%減、オキサリプラチンへの切替も検討
  • ドセタキセル/パクリタキセル: 用量15〜20%減
  • 免疫チェックポイント阻害薬: 肝炎(Grade 3/4)の早期発見のため採血頻度を増加

心機能低下(LVEF <55%)

  • ハーセプチン: 相対禁忌。LVEF ≥50%の確保が投与条件。低下が認められた場合は直ちに中止、心臓内科医との連携
  • シスプラチン: 心毒性の懸念から、量制限用量(60 mg/m²)の採用またはオキサリプラチンへの切替
  • ドセタキセル: 心毒性の報告は少ないが、心不全既往例では用量20〜30%減

妊娠計画中・授乳中

  • 化学療法全般: 妊娠中の実施は奇形・流産リスク(特に第1三半期)から基本的には避ける。授乳中の投与も薬物移行の危険から避け、授乳中止が原則
  • ハーセプチン: 妊娠中の投与は胎児への集中蓄積リスクから禁忌。HER2陽性かつ妊娠予定患者には、出産後の治療開始を検討
  • 免疫チェックポイント阻害薬: 妊娠中投与による免疫系への長期影響が不明なため、避妊推奨

併用療法・治療順序の戦略

第一選択レジメン

HER2陰性症例(80〜85%)

S-1(80 mg/day, 分2朝夜) × 21日間 + シスプラチン(80 mg/m², Day 8)
3週間ごとに繰返し(6〜8コース)

または

5-FU(800 mg/m²/day) × 5日間(持続点滴) + シスプラチン(75 mg/m², Day 1)
3週間ごと、6コース

HER2陽性症例(15〜20%)

S-1(80 mg/day) × 21日間 + シスプラチン(75 mg/m², Day 8) + 
トラスツマブ(初回 8 mg/kg, 以後 6 mg/kg, Day 1)
3週間ごと、6〜8コース

初回トラスツマブは30分以上かけて点滴、アレルギー反応に備えた前投薬・モニタリング必須

一次治療進行(PD: Progressive Disease)時の切替

HER2陰性から→

  1. ラムシルマブ+化学療法 ← 推奨第一選択

    • ラムシルマブ 8 mg/kg(Day 1) + フルオロウラシル 800 mg/m²(Day 1-5) + イリノテカン 150 mg/m²(Day 1)
    • または + パクリタキセル 80 mg/m²(Day 1, 8, 15)
  2. 免疫チェックポイント阻害薬 ← MSI-High/dMMRの場合

    • ニボルマブ 240 mg(2週間ごと) または ペムブロリズマブ 200 mg(3週間ごと)
  3. パクリタキセル単剤 ← 緩和的アプローチ(80 mg/m², 週1回)

HER2陽性から→(一次治療後)

  1. トラスツマブ+化学療法継続 ← HER2発現が継続している場合

    • トラスツマブ継続 + 5-FUまたはパクリタキセルに切替
  2. T-DM1(トラスツマブ エムタンシン) ← 海外ガイドラインでは推奨(本邦での位置付けは限定的)

  3. ラムシルマブ ← HER2陰性症例と同じ

用量制限毒性(DLT)への対応

毒性 対応
Grade 4好中球減少 S-1 / シスプラチン / ドセタキセル各20〜30%減量、G-CSF(グラン/ノイアップ等)の予防的投与検討
Grade 3以上下痢 イリノテカン25〜30%減、ロペラミド( ロペミン 🛒)の早期開始、腸管刺激物の食事

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