概要
オランザピンは非定型抗精神病薬で、主にドパミンとセロトニン受容体を遮断する作用を持つ。統合失調症および双極性障害の躁病エピソード治療に用いられ、日本ではジプレキサとして医療用医薬品として流通している。脂溶性が高く、脳血液関門を容易に通過する特徴を有する。
機序(作用機序)
オランザピンは**非定型抗精神病薬(第二世代抗精神病薬)**に分類される薬剤であり、複数の神経伝達物質受容体を遮断することで治療効果を発揮します。
主要な受容体遮断作用
ドパミンD2受容体遮断
- メゾリンビック経路:中脳皮質系のD2受容体遮断により、陰性症状(感情鈍麻、思考の貧困など)を改善
- 側坐核経路:報酬系のドパミン活動を抑制
- 化学受容体トリガーゾーン:嘔吐中枢への作用により制吐効果を発揮
セロトニン5-HT2A受容体遮断
非定型抗精神病薬の特徴として、5-HT2Aをより強く遮断するため、D2遮断による錐体外路症状(EPS)を軽減。セロトニンが過度に増加するのを防止し、認知機能への悪影響を減らします。
その他の受容体作用
- ムスカリンM1受容体:抗コリン作用(口渇、便秘)
- α1アドレナリン受容体:遮断による起立性低血圧
- ヒスタミンH1受容体:遮断による鎮静作用・体重増加促進
臨床的意義
オランザピンはリガンドの結合速度が速く、かつ親和性が相対的に高いため、陽性症状・陰性症状の両者に有効とされています。非定型抗精神病薬の中では特に強力な作用を有し、治療効果が高い一方で、体重増加やメタボリックシンドロームのリスク増加が報告されています。
薬物動態
吸収・分布・代謝・排泄
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 吸収 | 経口摂取後約6時間で血液中最高濃度に達する。脂溶性が高く、中枢神経への移行が良好 |
| 分布 | 脳脊髄液・脳組織への移行率が高い。組織結合率99%以上で、血漿蛋白結合率も98%以上 |
| 代謝 | CYP1A2(主要)、CYP2D6、CYP2C19により第一段階酸化を受ける。グルクロン酸化も関与。肝臓で広範な初回通過代謝 |
| 半減期 | 平均21〜54時間(目安:30時間前後) |
| 排泄 | 尿中(約57%)・糞便中(約30%)。代謝物として大部分排泄。未変化体の尿中排泄は5%以下 |
臨床薬動学的特性
- 定常状態到達:投与開始後約5〜7日で到達
- 食事の影響:軽食と共に摂取しても吸収はやや遅延するが、生物学的利用能に有意な影響なし
- 喫煙の影響:CYP1A2誘導により、喫煙者では非喫煙者より血中濃度が低下(目安:30〜50%低下)
- 性差・高齢者:高齢者では半減期の延長傾向あり、初回用量低減が推奨される
適応
日本での保険適応(添付文書ベース)
- 統合失調症
- 双極性障害における躁病エピソード
- 双極性障害における維持療法(躁うつ病の再発防止)
海外での主要適応
米国(FDA承認)
- 統合失調症(成人・青少年13歳以上)
- 双極性Ⅰ型障害の急性躁病エピソード
- 双極性Ⅰ型障害の維持療法
- うつ病への追加療法(セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)との併用)
EU(EMA承認)
- 統合失調症
- 双極性Ⅰ型障害の急性躁病エピソード
- 双極性Ⅰ型障害の維持療法
その他地域
オーストラリア(TGA)、カナダ、シンガポール等でも同様に統合失調症・双極性障害に対する承認あり。
禁忌
絶対禁忌
- 昏睡状態にある患者
- 薬物中毒状態にある患者
- オランザピンまたは本剤の添加物に対する既知の過敏症
慎重投与(相対的禁忌)
| 病態・状況 | 理由 |
|---|---|
| 糖尿病・糖尿病既往歴 | 高血糖、新規発症糖尿病のリスク増加 |
| 肥満 | 体重増加をさらに促進;代謝異常悪化 |
| 脂質異常症 | トリグリセリド上昇、LDLコレステロール上昇の報告 |
| 心疾患(特にQT延長) | 不整脈誘発リスク;ただしオランザピンのQT延長は相対的に軽微 |
| 脳卒中既往 | 脳血管障害リスク増加、特に高齢者 |
| アルツハイマー型認知症 | 脳血管障害・死亡リスク増加(警告レベル) |
| 肝機能障害 | 代謝クリアランス低下 |
| 低血圧傾向 | 起立性低血圧の悪化 |
| 前立腺肥大・尿閉 | 抗コリン作用による尿閉リスク |
| 緑内障(特に狭隅角) | 散瞳作用による眼圧上昇 |
| 妊娠中・授乳中 | 胎児・乳児への影響(後述) |
主な相互作用
薬物相互作用一覧
| 併用薬剤 | 相互作用の機序 | 臨床的影響 | 対策 |
|---|---|---|---|
| フルボキサミン | CYP1A2阻害 | オランザピン血中濃度上昇(最大50%) | 用量調整または監視強化 |
| シメチジン | CYP1A2・CYP2C19阻害 | 血中濃度上昇の可能性 | 併用時は観察 |
| タバコ/喫煙 | CYP1A2誘導 | 血中濃度30-50%低下 | 喫煙者では用量増加が必要な場合あり |
| カルバマゼピン | CYP3A4・CYP1A2誘導 | オランザピン濃度低下 | 用量増加の検討 |
| フェニトイン | 酵素誘導 | 濃度低下 | 血中濃度監視 |
| アルコール | 中枢神経抑制の相加作用 | 鎮静・認知機能低下増強 | 避けるべき |
| ベンゾジアゼピン | 相加的鎮静作用 | 過度な鎮静・転倒リスク | 必要最小限の併用 |
| 抗コリン薬(ベンztroピン等) | 抗コリン作用の加算 | 便秘・尿閉・口渇悪化 | 慎重投与 |
| 降圧薬 | 相加的降圧作用 | 起立性低血圧増強 | 血圧監視 |
| SSRIフルオキセチン | CYP2D6阻害の可能性 | 濃度わずかに上昇 | 通常管理で問題なし |
注記:CYP3A4・2D6・1A2の基質・阻害薬との併用は検討が必要。特にCYP1A2系は個人差が大きい。
副作用
頻発(≥10%)
- 体重増加(20-30%):最も臨床的に重要;長期使用で顕著
- 鎮静・傾眠(初期~2-3週間が特に強い)
- 口渇
- 便秘
- 食欲増加
時々(1-10%)
- めまい・起立性低血圧(特に初期)
- 頭痛
- 疲労・倦怠感
- アカシジア(静坐不能症)
- 振戦
- 視覚障害(調節異常)
- 高プロラクチン血症(女性では乳汁分泌など;比較的軽度)
まれ(0.1-1%未満)
- 悪性症候群(NMS):筋硬直、発熱、意識変容;致死的可能性
- てんかん発作:既往歴なくても発生可能性
- QT延長(ECGで検出、臨床的症候は稀)
- 肝酵素上昇(AST/ALT)
- 白血球減少:時に好中球減少症
- 尿閉・排尿困難
- 血栓塞栓症(静脈血栓塞栓症、肺血栓塞栓症)
重篤な副作用
| 副作用 | 発生時期 | 対応 |
|---|---|---|
| 悪性症候群(NMS) | 投与開始直後〜数週間 | 直ちに中止;集中治療;ダントロレン/臭化パパベリン等 |
| 脳卒中 | 高齢者で初期数週間 | 中止;神経学的評価 |
| 糖尿病ケトアシドーシス | 長期投与中 | 血糖・電解質測定;インスリン療法;中止検討 |
| 横紋筋融解症 | 稀;NMS関連が多い | CK測定;腎機能監視;輸液 |
| 急性膵炎 | 稀;報告数少ない | アミラーゼ/リパーゼ測定;中止 |
メタボリック関連副作用(長期使用で重要)
- 高血糖(境界域血糖から明らかな糖尿病へ進展の可能性)
- トリグリセリド上昇(食後高脂血症)
- LDLコレステロール上昇
- HDLコレステロール低下
- 肥満(BMI≥30):リスクは用量依存的
妊娠・授乳区分
FDA旧分類
カテゴリC(動物実験で催奇形性なし、ヒト試験なし;使用の利益が危険を上回る場合は使用可能)
現PLLR(Pregnancy and Lactation Labeling Rule)
妊娠中
- 動物試験では生殖毒性の明確なエビデンスなし
- ヒト妊娠レジストリデータは限定的;出生奇形の相対リスク増加は確認されていない
- 第3トリメスター曝露:新生児運動異常(hypotonia、떨림、진동)の報告あり;通常は自然軽快
- 結論:妊娠中の使用は慎重に検討;精神疾患の治療が必要な場合は継続の利益が危険を上回る可能性あり
授乳中
- 母乳への移行:限定的データだが、乳汁中濃度は血漿濃度の約0.5-1%程度と考えられる
- L値(LactMed/AAP):L3相当(使用の利益が危険性と比較検討される)
- 新生児への影響:鎮静、体重増加不良の報告は稀
- 結論:短期的な授乳は相対的に低リスクと考えられるが、新生児の鎮静・哺乳困難の観察必須
日本の添付文書区分
妊婦への投与:「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ投与すること」
授乳中の投与:「授乳を避けること」(より慎重)
世界規制サマリ
主要国における入手・処方の可否
| 国・地域 | 承認状況 | 処方箋 | 医療保険 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 日本 | ◎ 承認 | ○ 必須(医療用) | ○ 保険適用 | ジプレキサ;統合失調症・双極性障害 |
| 米国 | ◎ FDA承認 | ○ 必須 | ○ 医療保険適用 | 複数ジェネリック流通 |
| EU | ◎ EMA承認 | ○ 必須 | ○ 加盟国により異なる | ジェネリック広く使用 |
| 英国 | ◎ 承認 | ○ NHS処方可 | ○ NHS | NHS リスト掲載 |
| オーストラリア | ◎ TGA承認 | ○ 必須 | ○ PBS対象 | 指定医のみ処方可 |
| カナダ | ◎ Health Canada承認 | ○ 必須 | ○ 薬価プログラム | 汎用 |
| シンガポール | ◎ HSA承認 | ○ 必須 | ◎ 民間保険適用 | 主要精神科医院で入手可 |
| 香港 | ◎ 承認 | ○ 必須 | ◎ 一部補助 | 私立医療機関で入手可 |
| 中国 | ◎ NMPA承認 | ○ 必須 | ◎ 医療保険適用 | 北京・上海等の主要都市で流通 |
| インド | ◎ DCGi承認 | ○ 必須 | ◎ 民間保険 | ジェネリック多数 |
| ブラジル | ◎ ANVISA承認 | ○ 必須 | ◎ SUS対象 | 公衆衛生制度で入手可 |
| UAE(ドバイ等) | ◎ DHA/MOHAP承認 | ○ 必須 | ◎ 民間保険 | 私立病院で処方 |
| タイ | ◎ FDA(Thai)承認 | ○ 必須 | ◎ Universal HC | 国立病院で入手可 |
類似成分・代替
同カテゴリ(非定型抗精神病薬)の代表成分
| 成分名(一般名) | 商品名(日本/米国) | 特徴 | EPS / 代謝リスク |
|---|---|---|---|
| リスペリドン | リスパダール/Risperdal | 効力が強い;プロラクチン上昇やや多い | 中程度EPS/中程度体重増加 |
| クエチアピン | セロクエル/Seroquel | 鎮静作用強い;QT延長リスク低い | EPS少ない/体重増加多い |
| アリピプラゾール | エビリファイ/Abilify | 部分D2作動薬;EPS少ない;体重増加少ない | EPS少ない/代謝リスク少ない |
| パリペリドン | インヴェガ/Invega | リスペリドン活性代謝物;効力強い | 中程度EPS/中程度体重増加 |
| ルラシドン | ラツーダ/Latuda | 比較的新しい;体重増加少ない;コスト高い | EPS少ない/体重増加少ない |
使い分けの考慮点(薬学的観点)
- 体重増加リスク最小化→アリピプラゾール、ルラシドン
- 鎮静効果が必要→クエチアピン、オランザピン
- EPS最小化→アリピプラゾール、クエチアピン
- 強力な効果が必要→オランザピン、リスペリドン、パリペリドン
渡航時の注意
海外への持ち込み
事前確認が必須な事項
-
目的地国の規制状況確認
- 多くの先進国(米・EU・豪等)では医療用として認可されており、個人使用分の携帯は比較的容易
- ただし国によって医師の処方箋英文版・薬剤師の説明文書の求めが異なる
-
英文書類の準備
- 処方箋英文版:医師に依頼;患者氏名・用法用量・医師署名・医療機関スタンプが必須
- 薬学的情報シート:薬剤師に作成依頼;成分名・規格・1日用量等を英文記載
- 英文診断書(必要に応じ):統合失調症・双極性障害の診断が記載されたもの
-
税関への申告
- 日本出国時:特別な申告は通常不要(医療用医薬品として認識される量)
- 入国時:目的地国の税関に対し、「医療用医薬品の個人使用分」として申告
- 携帯量の目安:概ね3ヶ月分までが個人使用とみなされることが多い(国により異なる)
高リスク国・地域
| 国・地域 | リスク レベル | 理由 | 対策 |
|---|---|---|---|
| UAE(ドバイ・アブダビ等) | 高 | 精神医学的医薬品に対する厳格な規制;事前許可が必要な場合あり | 大使館・現地医療機関に相談必須 |
| シンガポール | 中〜高 | 医療用医薬品は認可されているが、持ち込み手続き厳密 | 英文書類+事前申告推奨 |
| 香港 | 中 | 医療用として認可;個人使用分は通常許可 | 英文処方箋提示で問題なし |
| タイ | 中 | 医療用として認可;ただし申告漏れは没収の可能性 | 医療観光ビザ取得者は特に申告 |
| 中国 | 中 | 医療用として認可;ただし書類不備で没収される事例あり | 英文診断書+処方箋必須 |
| ロシア・CIS諸国 | 高〜非常に高 | 規制が厳格;没収・身柄拘束リスク | 持ち込み避けるべき;現地医療機関受診推奨 |
紛失・盗難時の対応
- 現地医師への受診:英文診断書+渡航中であることを説明;現地医師による処方を依頼
- 日本の医師への遠隔相談:オンライン診療可能な場合、英文処方箋を現地薬局へファックス送付
- 大使館への連絡:身の安全が脅かされている場合のみ
帰国時の手続き
- 日本再入国時:個人使用分であることを申告;通常は問題なし
- 医薬品の余剰分:日本への持ち込みは認可医薬品なので問題なし(ただし3ヶ月分程度が目安)
渡航中の服用管理
- 時差対応:本剤は半減期が長いため、用量を飛ばさないことが重要
- 長時間フライト時は、現地時間の朝または夜に切り替えて継続投与
- 医師・薬剤師に事前相談推奨
- 保管方法:高温・多湿を避ける(ホテルのセーフボックス推奨)
- 言語障壁対応:薬剤名を現地語で記したメモ、または本体のラベル写真を携帯
参考文献
公式添付文書
-
日本(PMDA): ジプレキサ錠 添付文書 (PMDA医医療用医薬品検索にて「ジプレキサ」で検索)
-
米国(FDA): Zyprexa (olanzapine) Full Prescribing Information (FDA Orange Book・DailyMed参照)
標準参考資料
- DrugBank: Olanzapine
- Micromedex:Olanzapine monograph
- UpToDate:「Olanzapine: Drug information」(医療専門家向け)
- 日本精神神経学会: 統合失調症治療ガイドライン(日本語;会員向け)
- 米国精神医学会(APA):Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM-5)
相互作用情報
- Interaction Checker:Medscape Drug Interaction Checker https://reference.medscape.com/drug-interactionchecker
- FDA Clinical Pharmacology:Cytochrome P450 drug interactions
妊娠・授乳情報
- LactMed(米国NLM): https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501922/
- MotherToBaby: https://mothertobaby.org/ (妊娠・授乳患者向け相談窓口)
免責事項
本記事に記載された情報は、教育・情報提供を目的とした参考資料であり、医学的診断や治療の代替となるものではありません。医薬品の使用、服用量の調整、併用薬の判断、および妊娠・授乳中の使用については、必ず医師または薬剤師に相談してください。
特に海外渡航時の持ち込みや現地での入手については、目的地国の法律および税関規制が異なるため、渡航前に必ず該当国の大使館、領事館、または現地医療機関に確認してください。本記事の情報に基づいて行動され、損害が生じた場合、著者および出版者は一切の責任を負いません。
監修: 薬剤師(博士(薬学))