アメリカ渡航時の感染症・衛生リスクと対策ガイド
アメリカへの渡航は多くの日本人にとって一般的ですが、気候、感染症、食文化の違いによる健康リスクを見落としがちです。特に長期滞在や地方への旅行の場合、事前の健康準備が重要です。本記事では、薬剤師視点からアメリカ渡航時に注意すべき感染症、水・食事の安全性、気候による感染症・衛生リスクと具体的な対策をご紹介します。
アメリカは広大な国土を持ち、ニューヨークやロサンゼルスのような大都市から、農村部・熱帯性気候の南部・高山地帯の西部まで、地域ごとに感染症プロファイルが大きく異なります。日本の検疫感染症に指定されていないものでも、現地では日常的に患者が報告されている感染症が複数存在します。CDCの発表によれば、ライム病は年間約47,000件以上(報告例)が記録されており、西ナイルウイルス(WNV)の人への感染も毎年数百〜数千件規模で継続しています。これらの情報を踏まえ、渡航前から適切な知識と対策を準備することが、快適で安全な滞在につながります。
アメリカ渡航前に確認すべき感染症と予防接種
推奨される予防接種
アメリカの医療水準は高いものの、感染症の流行パターンは日本と異なります。以下の予防接種を渡航前に検討してください。
| 感染症 | 推奨対象 | ワクチン名 | 接種時期の目安 |
|---|---|---|---|
| 麻疹(はしか) | 1968年以降生まれで1回以上の接種歴がない場合 | MMR(麻疹・ムンプス・風疹混合) | 渡航2週間以上前 |
| インフルエンザ | 全員推奨(特に秋冬) | インフルエンザワクチン | 毎年9月〜10月 |
| 肺炎球菌感染症 | 高齢者・基礎疾患がある人 | PPSV23、PCV13 | 渡航1ヶ月前 |
| 百日咳 | 10年以上ワクチン未接種の成人 | Tdap(破傷風・ジフテリア・百日咳) | 渡航4週間前 |
| COVID-19 | 全員推奨 | mRNA型またはウイルスベクター型 | 最新情報は大使館で確認 |
薬剤師メモ アメリカはMMR予防接種を強く推奨する国です。2019年以降、各州で麻疹の流行が報告されています。特にニューヨーク州やカリフォルニア州への渡航予定者は、予防接種歴を確認してください。1回のみ接種の場合、2回目の追加接種も検討しましょう。
ワクチンの薬学的補足:免疫獲得までの期間に注意
予防接種後、防御免疫が成立するまでには一定の期間が必要です。MMRワクチンは初回接種後2〜3週間で中和抗体が上昇しますが、2回接種完了から少なくとも1〜2週間の余裕を持って渡航することが推奨されます。インフルエンザワクチンは接種から約2週間で効果が発揮され、有効期間は概ね6ヶ月程度(目安)です。
肺炎球菌ワクチンには多糖体ワクチン(PPSV23)とタンパク結合型ワクチン(PCV13/PCV15/PCV20)の種類があり、それぞれT細胞非依存性・依存性の異なる免疫機序で働きます。高齢者や免疫低下者では接種後の抗体産生が低下する可能性があるため、かかりつけ医と相談の上、接種スケジュールを調整することが大切です。なお、ワクチンの有効性・必要性は個人の接種歴や健康状態によって異なりますので、最終的な判断は医師にご相談ください。
アメリカで注意すべき感染症
ライム病(Lyme Disease)
媒介生物: ダニ(Ixodes scapularis、シカダニ) 流行地域: 北東部・中西部(ニューヨーク、ペンシルベニア、バーモント州など) 症状: 刺咬3〜30日後に移動性紅斑(遊走性紅斑)、発熱、倦怠感、関節痛
ライム病の病原体はBorrelia burgdorferi(ボレリア・ブルグドルフェリ)というスピロヘータです。ダニが宿主に付着してから感染リスクが高まるまでには36〜48時間以上の吸着が必要とされており、この事実は早期発見・除去の重要性を示しています。
対策:
- 林間や草むらの活動時は長袖・長ズボン・帽子を着用
- ダニ忌避剤(DEET 20〜30%含有製品、またはピカリジン(Picaridin)20%含有製品)を皮膚露出部に塗布
- 帰宅後は全身の皮膚とスカルプ(頭皮)を丁寧に確認
- ダニを発見した場合は先端が細いピンセットで皮膚に近い部位をゆっくり垂直に引き抜く(ねじらない)
- 発熱・皮膚変化が出現したら速やかに医療機関を受診する
薬学的解説 ライム病の初期治療にはドキシサイクリン(100mg×2回/日、14〜21日間が目安)が第一選択として使用されます。ドキシサイクリンはテトラサイクリン系抗生物質で、Borreliaのタンパク質合成(30Sリボソームサブユニット)を阻害することで抗菌効果を発揮します。薬物動態的には経口吸収率が高く、組織移行性も良好ですが、牛乳・制酸剤との同時服用で吸収が低下するため、服用2時間前後はカルシウム・マグネシウム含有食品や制酸剤を避けてください。妊婦・8歳未満の小児には使用できない薬剤です(歯の着色・骨発育への影響)。なお、具体的な治療薬の選択・用量は必ず医師が判断します。
西ナイル熱(West Nile Fever)
媒介生物: Culex属の蚊 流行地域: 全米(特に南部・中西部;カリフォルニア、テキサス、アリゾナ等) 流行期: 6〜10月
西ナイルウイルス(WNV)はフラビウイルス科に属するRNAウイルスで、鳥類を主な貯蔵宿主とし、吸血蚊を介してヒトに感染します。感染者の約80%は無症状ですが、約20%に発熱・頭痛・筋肉痛などの西ナイル熱症状が現れ、1%未満ながら脳炎・髄膜炎などの重篤な神経侵襲型に進行することがあります。現時点でヒト用ワクチンは承認されていないため、蚊の刺咬予防が唯一の対策です。
対策:
- DEET含有忌避剤を露出皮膚に塗布(衣類への使用はペルメトリン含有スプレーが適切)
- 蚊が活発になる夕暮れから夜間の屋外活動を控える
- 長袖・長ズボンの着用
- 宿泊施設の窓・ドアの網戸を確認する
ジカウイルス感染症
流行地域: フロリダ州、テキサス州などの南部(国内感染例は限定的だが周辺中南米から持ち込まれる例もある) 対策: 蚊対策に準ずる。妊婦は渡航先リスクを事前に産科医と相談してください。
薬剤師メモ アメリカの蚊・ダニ対策用製品はドラッグストア(CVS Pharmacy、Walgreens等の全米大手チェーン)で容易に入手できます。渡航直前の購入でも問題ありませんが、日本から虫よけスプレー(医薬品・化粧品分類に関わらず)を航空機に持ち込む際は、液体物の機内持込制限(100ml以下の容器を透明袋に収納)および引火性の確認が必要です。大容量のスプレー缶は預け荷物での搭載にも航空会社の制限がある場合があるため、事前に確認してください。
水の安全性と飲用水対策
アメリカの水道水について
アメリカの水道水は一般的に安全で、大都市ではほぼ問題ありません。連邦環境保護庁(EPA)の安全基準(Safe Drinking Water Act)のもとで水質管理が行われており、ほとんどの地域で飲用に適した水質が維持されています。しかし以下の点には注意が必要です。
| 地域 | 安全性評価 | 注意事項 |
|---|---|---|
| ニューヨーク、ロサンゼルス等大都市 | ⭐⭐⭐⭐⭐ | そのまま飲用可 |
| 中小都市 | ⭐⭐⭐⭐ | 通常は安全だが、敏感体質は留意 |
| 農村部・キャンプ地 | ⭐⭐⭐ | 汚染の可能性あり。加熱・フィルター推奨 |
特に注意が必要なのが鉛製配管が残存する老朽建築物です。2014〜2019年に問題となったミシガン州フリントの水道水鉛汚染は記憶に新しいですが、全米各地に同様のリスクを抱える地域が存在します。古いアパートや歴史的建造物に長期滞在する場合は、水道局の水質報告書(Consumer Confidence Report)を確認するか、フィルターピッチャー(NSF/ANSI 53規格認証品)の使用を検討してください。
また、アメリカの水道水は地域によって硬度が高い(硬水)場合があります。硬水自体に健康上の重大なリスクはありませんが、日本の軟水に慣れた方は胃腸が慣れるまで軽い下痢感を覚えることがあります。慣れるまではミネラルウォーターを適宜活用するとよいでしょう。
旅行者下痢症の原因
アメリカ滞在中の下痢の主な原因は、水質よりも食事の脂質・香辛料の過剰摂取、またはクロストリジオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)、カンピロバクター、サルモネラなどの細菌感染です。大腸炎を引き起こすC. difficile感染は抗生物質使用後のリスクが特に高く、旅行者が現地で抗生物質を服用した際に続発することがあります。
持参すべき水関連製品
- 携帯用浄水フィルター: LifeStraw、Sawyer Miniなどのブランドが知られています(バックカントリーや農村部滞在時に有効)
- 経口補水液: 電解質(ナトリウム、カリウム、グルコース)配合製品。日本から OS-1 🛒等を持参するか、現地ではPedialy te(ペディアライト)がCVS・Walgreens等で広く販売されています
- 浄水タブレット: 二酸化塩素または次亜塩素酸ナトリウム配合製品。登山・キャンプ時の非常用として有効
食事の安全性と胃腸トラブル対策
アメリカの食事リスク
高脂肪・高塩分食
ハンバーガー、フライドチキン、ピザなどの揚げ物・加工食品が主流です。日本人の胃腸には脂質負荷が大きく、胆汁酸・膵リパーゼの分泌量が追いつかずに消化不良や軟便を起こしやすい傾向があります。
対策:
- 渡航初日から脂っこい食事を避け、徐々に慣れていく
- サラダ、蒸し野菜、グリル食を意識的に選択
- レストランでは調理方法の変更をリクエスト("Could you please grill this instead of frying it?(クッド ユー プリーズ グリル ディス インステッド オブ フライング イット?)")
- 一食の量が日本より多いため、シェアや持ち帰り(テイクアウト)を活用する
微生物汚染リスク
アメリカでは生卵の提供・未加熱の肉、未殺菌(raw)チーズを提供する場面があります。特に注意すべき食品と主な病原体を以下に整理します。
| 食品 | 主な病原体 | 潜伏期間(目安) | 主症状 |
|---|---|---|---|
| 加熱不十分な鶏肉・卵 | サルモネラ | 6〜72時間 | 発熱、嘔吐、下痢 |
| 生カキ・未加熱魚介 | ノロウイルス、ビブリオ | 12〜48時間 | 嘔吐、水様下痢 |
| レアステーキ | 腸管出血性大腸菌(EHEC) | 2〜8日 | 血便、腹痛 |
| 未殺菌チーズ | リステリア | 数日〜数週間 | 発熱、髄膜炎(妊婦・免疫低下者で重症化) |
| 生野菜・カット野菜 | 大腸菌O157 | 2〜8日 | 血便、溶血性尿毒症症候群 |
対策:
- 十分に加熱された食品のみ摂取(内部温度が規定温度以上になるまで加熱)
- 衛生管理が疑わしい店舗・フードトラックは避ける
- 免疫低下者(高齢者、妊婦、基礎疾患者)は特に慎重に
胃腸トラブル時の常備薬
| 症状 | 成分名(一般名) | 代表的OTC製品 | 用法(目安) | 注意事項 |
|---|---|---|---|---|
| 軽度の下痢 | ロペラミド塩酸塩 | Imodium(イモジウム)等 | 初回4mg、以後2mg(1日16mg以下) | 発熱・血便時は使用禁止 |
| 腹部不快感・軽度の下痢 | ビスマス次サリチル酸塩 | Pepto-Bismol(ペプト-ビスモール)等 | 製品の指示に従う | アスピリンアレルギー者注意 |
| 胸焼け・胃酸過多 | オメプラゾール(PPI) | Prilosec OTC等 | 1日1回朝食前20mg(2週間を目安) | 長期連用は医師に相談 |
| 消化促進 | パンクレアチン(消化酵素) | 各種製品 | 食直後 | 急性膵炎には禁忌 |
| 脱水補正 | 経口補水塩(ORS) | Pedialyte等 | 体重・脱水度に応じて | 重度の脱水は医療機関へ |
薬剤師メモ(ロペラミドの薬学的解説) ロペラミドはオピオイドμ受容体の腸管選択的作動薬です。腸蠕動の抑制と腸分泌の減少により止瀉効果を発揮しますが、血液脳関門をほとんど通過しないため中枢性副作用(依存性・鎮静)は通常の用量では問題になりません。ただし、発熱(38℃以上)・血便・激しい腹痛を伴う下痢では使用禁止です。これらの症状は腸管出血性大腸菌(EHEC)感染やC. difficile関連腸炎の可能性があり、蠕動を止めることで毒素排泄が阻害され重篤化するリスクがあります。また、ビスマス製剤はサリチル酸を含むため、アスピリンアレルギーや抗凝固薬服用者は注意が必要です。具体的な使用可否は薬剤師または医師にご確認ください。アメリカの薬局では薬剤師への無料相談("May I speak to the pharmacist?(メイ アイ スピーク トゥ ザ ファーマシスト?)")が可能です。
気候による感染症・衛生リスク
地域別・季節別の気候リスク
| 地域 | 季節 | 主なリスク | 対策 |
|---|---|---|---|
| 南部(フロリダ、テキサス) | 春〜秋 | 高温多湿、熱中症、蚊媒介感染症 | 水分摂取、忌避剤使用、日中の屋外活動制限 |
| 北部(ボストン、シカゴ) | 冬 | 極低温、路面凍結、インフルエンザ流行 | 防寒具、インフルエンザワクチン接種 |
| 西部(デンバー、ユタ) | 通年 | 高地低酸素、低湿度、強紫外線 | 日焼け止め(SPF50以上)、保湿ケア、水分補給 |
| 南西部(アリゾナ、ネバダ砂漠地帯) | 夏 | 極高温(40℃以上)、熱中症 | 日中の屋外活動を避け電解質補給を徹底 |
| 太平洋岸北西部(シアトル、ポートランド) | 秋〜冬 | 長雨・低温、カビ・アレルゲン増加 | 抗ヒスタミン薬の携帯、防水アウター |
熱中症対策
症状認識と段階別の初期対応
| 重症度 | 主な症状 | 対応 |
|---|---|---|
| 軽度(熱けいれん・熱疲弊前期) | 頭痛、めまい、倦怠感、大量発汗 | 涼しい場所に移動、水分・電解質補給 |
| 中等度(熱疲弊) | 高体温(38℃以上)、筋肉痛・痙攣、嘔気 | エアコン室内へ避難、冷却、電解質補給 |
| 重度(熱射病) | 意識混濁、体温40℃超、発汗停止、けいれん | 直ちに911へ連絡、衣類を緩め冷却 |
アメリカ南西部の砂漠性気候では気温40℃以上が数日続くことがあり、日本人は特に体熱耐性に個人差があるため過信は禁物です。電解質飲料(ナトリウム、カリウム、マグネシウムを含むもの)を積極的に摂取し、水だけの過剰補給による「低ナトリウム血症(水中毒)」にも注意が必要です。
予防的栄養補給
- 電解質タブレット(塩化ナトリウム・塩化カリウム・クエン酸含有の発泡タブレット等)は水1L当たりの適正量を守ってください
- スポーツドリンクは糖分が多い製品が大半のため、糖尿病の方は成分表示を確認
低温・乾燥対策
冬季渡航時の体調管理
北部での冬は気温が−10℃を下回ることもあります。低温・乾燥環境では気道粘膜のバリア機能が低下し、インフルエンザ・RSウイルス・ライノウイルスによる上気道感染のリスクが高まります。
対策:
- インフルエンザワクチン: 9月から接種可能。10月中の接種が推奨されます
- スキンケア: セラミド・ヒアルロン酸配合の保湿クリーム(CeraVe、Cetaphilなどの成分信頼性の高いブランドが現地で入手可)を顔・手足に使用
- リップクリーム: SPF配合品で唇の乾燥・ひび割れを予防
- 加湿器: ホテルの乾燥対策として小型加湿器や濡れタオルを部屋に掛ける方法が有効。乾燥環境では鼻腔の粘液量が低下し、ウイルス排除能力が低下します
カゼ・上気道炎対策と主なOTC薬
| 症状 | 主な成分(一般名) | 備考 |
|---|---|---|
| 鼻水・鼻詰まり(点鼻) | オキシメタゾリン | 連続使用は3日以内。反跳性鼻閉に注意 |
| 鼻詰まり(内服) | プソイドエフェドリン(偽麻黄鹸) | 購入時に身分証提示が必要な州あり |
| 痰のからむ咳 | グアイフェネシン | 去痰作用。十分な水分補給で効果増大 |
| 喉の痛み | ベンゾカイン・セチルピリジニウム配合ロゼンジ | 局所麻酔+殺菌 |
| 発熱・痛み | アセトアミノフェン / イブプロフェン | 各成分の禁忌(肝疾患/腎疾患等)を確認 |
薬剤師メモ(プソイドエフェドリンについて) プソイドエフェドリンはアドレナリンα受容体に作用し鼻粘膜の血管を収縮させることで鼻閉を改善します。中枢神経刺激作用・昇圧作用があるため、高血圧・心疾患・甲状腺機能亢進症・緑内障のある方は服用前に必ず医師または薬剤師に相談してください。アメリカでは「Combat Methamphetamine Epidemic Act」により、購入時に身分証(政府発行のID)の提示と購入記録が義務付けられています。日本から持参する分には問題ありませんが、携帯量が明らかに個人使用の範囲を超える場合は税関でのトラブルになる可能性があります。
高地(高山)環境のリスク:ロッキー山脈・デンバー・グランドキャニオン周辺
アメリカ西部の観光地(コロラド州デンバー標高約1,600m、グランドキャニオン周辺のリム標高約2,100〜2,700m)では、急性高山病(AMS:Acute Mountain Sickness)のリスクがあります。AMSは低酸素環境への体の適応が追いつかない状態で、頭痛・吐き気・倦怠感・睡眠障害を引き起こします。
| 症状の程度 | 症状 | 対応 |
|---|---|---|
| 軽度AMS | 頭痛、吐き気、倦怠感 | 安静・水分補給・高所活動を控える |
| 中等度AMS | 強い頭痛、嘔吐、めまい | 下山を考慮、医療機関相談 |
| 重度(HACE/HAPE) | 意識障害、ひどい咳、ピンク色の痰 | 緊急下山・911通報 |
薬学的補足:アセタゾラミドの位置づけ
高山病の予防・治療に使用されることがある薬剤にアセタゾラミド(炭酸脱水酵素阻害薬)があります。腎尿細管での炭酸水素イオン再吸収を阻害することで代謝性アシドーシスを誘発し、呼吸中枢を刺激して高山病症状を緩和するとされています。ただし、スルホンアミド系薬剤のためスルファ系薬アレルギーのある方には使用できません。使用の要否・用量は必ず医師が判断します。
基礎疾患がある渡航者への注意
常用薬の持参とアメリカでの再調達
処方薬の持参方法
- 英文の処方箋か医師の診断書(Physician's Letter)を用意する
- 薬の国際一般名(INN)、用量、用法を英語で記録した薬リストを携帯
- 元の調剤済み容器(処方ラベル付き)に入れて携帯し、他の容器への移し替えは避ける
- 麻薬・向精神薬に該当する薬剤はアメリカ入国時に必要書類が求められる場合があるため、事前に大使館や税関のウェブサイトで確認する
アメリカでの再調達(緊急時)
- アメリカの医師に同じ薬(または同等薬)を処方してもらう: 最も確実な方法だが、診察料・処方箋なし薬局費用が高額になる可能性がある
- 日本から国際郵便・EMS で取り寄せ: 医薬品の個人輸入に関するルールを確認し、輸出入規制に注意
- 渡航前に十分な量を日本で調達(最推奨): 滞在日数+予備7〜10日分を目安に持参
薬剤師メモ 重要: アメリカの医療保険に加入していない場合、外来診察料が数百〜数千ドルになることがあります。海外旅行傷害保険の加入と、処方薬の持参量を余裕を持って準備することで、現地での医療受診の機会を最小限にできます。旅行保険の疾病補償条件(慢性疾患の扱い)を出発前に必ず確認しておきましょう。
特定の健康状態での留意点
高血圧
アメリカ食は塩分・飽和脂肪酸が多いため、血圧管理が難しくなる可能性があります。また、時差・睡眠不足・過労も血圧変動を促進します。
対策:
- 降圧薬を余裕を持って持参(滞在期間の1.5倍程度を目安)
- 高塩分食を意識的に回避し、外食時は「Low sodium, please(ロー ソーディアム プリーズ)」と伝える
- 自己血圧測定を継続し、異常値が続く場合は医療機関を受診する
糖尿病
アメリカの食事は高糖分(清涼飲料水・デザートの量が多く、フードラベルに"added sugar"が多い)なため、血糖管理が困難になる場合があります。
対策:
- インスリン・血糖測定器・針・消耗品(試験紙)を十分に持参
- インスリンは気温変化・機内の気圧変化に影響を受けやすいため、専用の保冷ポーチや断熱ケースに入れて携帯
- 機内での気圧低下(約0.8気圧)によりインスリンペンや注射器のプランジャーが動きやすくなるため、使用前に確認
- 空港・ホテルのフロントには必ずインスリンの要冷蔵を伝え、保管スペースを確保
抗凝固薬服用者(ワルファリン等)
ワルファリンはビタミンK依存性凝固因子(II、VII、IX、X因子)の肝臓でのγ-カルボキシル化を阻害することで抗凝固効果を発揮します。アメリカの食事ではビタミンK含有量の多いケールやホウレンソウを多く含むサラダが普及しており、急激な摂取量変化によってINR(国際標準比)が変動するリスクがあります。長期渡航の場合は渡航先でのINRモニタリング手段を事前に医師と相談してください。また、ワルファリンとOTC薬(アスピリン、NSAIDs、ビスマス製剤など)との相互作用にも注意が必要です。
アメリカでの緊急時の医療アクセス
緊急連絡先と医療施設の種類
| 施設種別 | 対応可能な状況 | 費用目安(保険なし) |
|---|---|---|
| 救急(911) | 生命に関わる緊急事態 | 高額(数千ドル以上)になりやすい |
| 緊急ケアセンター(Urgent Care) | 発熱・骨折など準緊急 | 比較的低額(数百ドル程度の目安) |
| 薬局内クリニック(Minute Clinic等) | 軽症・ワクチン | さらに低額 |
| テレメディシン | 軽症の遠隔診察 | 比較的低コスト |
薬局でよく使う英語フレーズ
-
I have a stomachache.(アイ ハヴ ア ストマックエイク)— 胃腸の不調がある -
Do you have any medicine for diarrhea?(ドゥ ユー ハヴ エニー メディシン フォー ダイアリア?)— 下痢止めはありますか? -
I have a prescription from Japan.(アイ ハヴ ア プレスクリプション フロム ジャパン)— 日本の処方箋があります -
Is this medication safe to take with my other medicine?(イズ ディス メディケーション セーフ トゥ テイク ウィズ マイ アザー メディシン?)— この薬は他の薬と一緒に飲んで大丈夫ですか? -
I am allergic to penicillin.(アイ アム アラージック トゥ ペニシリン)— ペニシリンアレルギーがあります
持参薬チェックリスト(まとめ)
以下は、渡航前に準備しておくと安心な医薬品・衛生用品のリストです。すべて必須というわけではなく、渡航先・期間・個人の健康状態に合わせて調整してください。
| カテゴリ | 成分名(一般名)または製品例 | 用途 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 止瀉薬 | ロペラミド塩酸塩 | 軽度の下痢 | 発熱・血便時使用禁忌 |
| 消化器 | ビスマス次サリチル酸塩 | 消化不良・下痢 | アスピリンアレルギー注意 |
| 解熱鎮痛 | アセトアミノフェン | 発熱・頭痛 | 肝疾患者は用量に注意 |
| 消炎鎮痛 | イブプロフェン(NSAIDs) | 痛み・炎症 | 腎疾患・消化性潰瘍に注意 |
| 抗ヒスタミン | フェキソフェナジン / ロラタジン | アレルギー・花粉症 | 眠気の少ない第2世代 |
| 虫よけ | DEET 20〜30%またはピカリジン20% | 蚊・ダニ忌避 | 現地購入も容易 |
| 紫外線対策 | SPF50以上の日焼け止め | 強紫外線対策 | 高山・砂漠では特に重要 |
| 保湿 | セラミド・ヒアルロン酸配合クリーム | 皮膚乾燥対策 | 乾燥地帯・冬季に必須 |
| 経口補水 | 経口補水塩(ORS) | 脱水補正 | 下痢・熱中症後の電解質補給 |
| 常用薬 | 個人の処方薬 | 慢性疾患管理 | 滞在日数+予備分を持参 |
参考文献・引用資料
-
CDC. "Lyme Disease – Data and Statistics." Centers for Disease Control and Prevention. https://www.cdc.gov/lyme/stats/index.html
-
CDC. "West Nile Virus – Statistics & Maps." Centers for Disease Control and Prevention. https://www.cdc.gov/west-nile-virus/data-maps/index.html
-
CDC. "Travelers' Health – United States." Centers for Disease Control and Prevention. https://wwwnc.cdc.gov/travel/destinations/traveler/none/united-states
-
WHO. "Zika virus." World Health Organization. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/zika-virus
-
厚生労働省. 「海外で健康に過ごすために(感染症予防)」. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/travel/index.html
-
U.S. Environmental Protection Agency. "Drinking Water Regulations." EPA. https://www.epa.gov/sdwa
-
FDA. "Loperamide: Drug Safety Communication – FDA Evaluating Potential for Drug Abuse and Overdose." U.S. Food and Drug Administration. https://www.fda.gov/drugs/drug-safety-and-availability/fda-drug-safety-communication-fda-warns-about-serious-heart-problems-high-doses-antidiarrheal
監修: 薬剤師(博士(薬学))