マンジャロ(一般名: チルゼパチド)は、SNSや週刊誌では「やせ薬」として語られがちですが、薬理学的には**世界初のGIP/GLP-1受容体二重作動薬(dual agonist)**であり、インクレチンミメティック(incretin mimetic)の系譜に位置する2型糖尿病治療薬です。本稿では、なぜチルゼパチドがセマグルチド(オゼンピック/ウゴービ)を血糖降下・体重減少の両面で上回り得るのか、その分子薬理学的根拠を整理します。
また、インクレチン系薬剤全般の位置づけを理解したい読者は [[glp1-receptor-agonist-overview]] も参照してください。肥満症の薬物療法全体の流れについては [[obesity-pharmacotherapy-guide]] を、チルゼパチドの実際の自己注射手技については [[mounjaro-self-injection-guide]] をあわせてご確認ください。
なお本記事は薬理解説であり、個別の使用判断・処方変更の指示ではありません。実際の使用は必ず主治医・薬剤師にご相談ください(情報は2024-2025年時点)。
インクレチンとは何か——消化管が膵臓に「食べたぞ」と知らせる仕組み
食事が摂取されると、小腸のL細胞からGLP-1(glucagon-like peptide-1)が、上部小腸のK細胞からGIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)が分泌されます。両者は総称してインクレチンと呼ばれ、経口ブドウ糖負荷時には静注時より強くインスリンが出る現象(インクレチン効果)の主役です。
インクレチン効果の大きさは健常者で約50〜70%と見積もられており、食後インスリン分泌の相当部分がGLP-1とGIPに依存しています。2型糖尿病患者ではこのインクレチン効果が著しく減弱(一説には10〜20%程度)しており、それを薬理学的に補完するのがインクレチンミメティックの狙いです。
GLP-1の生理作用
GLP-1は31アミノ酸のペプチドで、プログルカゴン遺伝子(GCG遺伝子)の翻訳後プロセシングにより産生されます。半減期は1〜2分と極めて短く、DPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)によって速やかに不活化されます。この不安定性を克服するための分子設計が、GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)の開発の核心です。
GLP-1の主な生理作用は以下の通りです。
- 膵β細胞でのインスリン分泌促進(血糖依存性 = glucose-dependent:血糖が低い状態では過剰に働かないため低血糖リスクが低い)
- 膵α細胞からのグルカゴン分泌抑制(食後の肝グルコース産生を抑制)
- 胃排出遅延(食後血糖の上昇スピードを緩やか化)
- 視床下部弓状核に作用し食欲抑制(POMCニューロン活性化、AgRP/NPYニューロン抑制)
- 脳幹の孤束核(NTS)を介した満腹シグナルの増幅
- β細胞のアポトーシス抑制(現時点では主に動物実験レベルのエビデンス)
- 心血管保護作用(LEADER試験等で心血管イベント減少が確認されており、機序としてはGLP-1R直接作用と動脈硬化リスク因子改善の両面が議論されている)
GIPの生理作用——「単独では弱いが組み合わせで化ける」
GIPは42アミノ酸のペプチドで、上部小腸(十二指腸・空腸上部)のK細胞から分泌されます。GLP-1と同様にDPP-4による不活化を受けやすく、半減期は数分程度です。
GIPは長らく「糖尿病患者ではインスリン分泌作用が低下し臨床価値に乏しい」とされてきました。さらに肥満状態では脂肪細胞のGIP受容体を介して脂肪蓄積方向に働く可能性も指摘されており、GIP単独作動薬の開発はかつて停滞していました。
しかし近年、マウスおよびヒトの神経科学的研究により、GIPには次の作用が再評価されています。
- 中枢神経系(視床下部・脳幹)でのエネルギー消費増加と食欲抑制
- 悪心・嘔吐シグナルの抑制(GLP-1単独より消化器症状が出にくい一因と推定)
- GLP-1作動下では脂肪蓄積より脂肪燃焼方向にシフトする可能性(脂肪組織のリポタンパクリパーゼ活性の調節)
- 骨密度維持への関与(GIPRが破骨細胞・骨芽細胞に発現している報告あり)
つまりGIPは「単独では地味だがGLP-1と組ませると相乗効果を発揮する」プレイヤーだった、というのが二重作動薬開発の前提です。
インクレチン受容体の分布まとめ
| 受容体 | 主要発現臓器・組織 |
|---|---|
| GLP-1R | 膵β細胞、脳(弓状核・孤束核)、心臓、腎臓、肺、腸管 |
| GIPR | 膵β細胞・α細胞、脳(視床下部・脳幹)、脂肪組織、骨、胃 |
両受容体ともGsタンパク質共役型受容体(GPCR)であり、cAMPを第二メッセンジャーとしてPKAを介したシグナル伝達を行います。cAMP上昇はβ細胞ではインスリン分泌顆粒の開口放出を促進し、神経細胞では遺伝子発現や神経可塑性の変化をもたらします。
チルゼパチドの分子設計——GIP骨格にGLP-1機能をハイブリッド化
チルゼパチドは39アミノ酸ペプチドで、骨格はヒトGIPに近い配列を持ち、そこにGLP-1様の活性を付与する改変が加えられています。さらに20番目のリジン残基にC20脂肪二酸(γGlu-2xOEGリンカー経由)を結合させ、アルブミンと可逆的に結合することで半減期を延ばす設計です(セマグルチドと類似の戦略)。
分子設計のポイント:なぜGIPベースの配列を選んだか
開発初期の段階で、イーライリリーの研究チームはGLP-1ベースとGIPベースの異なるスキャフォールドを比較検討しました。GIPベースの配列を採用した理由として、GIPRへの親和性を最大化しつつGLP-1Rへの活性を「追加搭載」する形が、逆の構成(GLP-1ベースにGIPR活性を付加)よりも安定した受容体作動プロファイルを示したことが報告されています(Coskun T, et al., Mol Metab, 2018)。
受容体親和性は「不均衡」
| 項目 | GIP受容体(GIPR) | GLP-1受容体(GLP-1R) |
|---|---|---|
| チルゼパチドの親和性 | 内因性GIPと同等(Ki ≈ 数nMオーダー) | 内因性GLP-1より低い(目安で約1/5程度との報告) |
| 受容体下流活性化能 | 高い | 親和性の低さを上回る活性化(biased agonism) |
| 完全作動/部分作動 | 完全作動薬(full agonist)に近い | 部分作動〜完全作動(研究間でばらつきあり) |
この**不均衡作動(imbalanced/biased agonism)**がポイントです。GLP-1Rに対しては「親和性は低いが、結合した時のシグナル伝達効率は十分」という設計になっており、GLP-1R過活性化に伴う悪心・嘔吐を相対的に抑えつつ、GIPRシグナルを十分に動員します。
セマグルチドとの構造比較
セマグルチドは31アミノ酸のGLP-1アナログで、8位のAla→Aib(α-アミノイソ酪酸)置換によりDPP-4耐性を獲得し、C18脂肪酸鎖をリンカーを介してLys26に結合させることでアルブミン結合性を付与しています。半減期は約7日とチルゼパチド(約5日)より長く、これが週1回投与でより安定した血中濃度推移を示す一因です。一方、作用するのはGLP-1Rのみであり、GIPRシグナルの動員はありません。
なぜGIP+GLP-1で効果が増強するのか
1. 中枢の食欲抑制での相乗
視床下部弓状核では、GLP-1RとGIPRが部分的に異なるニューロン集団に発現しています。両者を同時に刺激することで、POMC系(プロオピオメラノコルチン系)の活性化とAgRP/NPY系(摂食促進シグナル)の抑制が異なる経路から重ねがけされ、単独作動より強い摂食抑制が得られると考えられています。
さらに最近のマウス研究では、脳室傍核(PVN)においてGIPRを発現するニューロンがオキシトシン産生細胞と重なる可能性が示されており、GIPRシグナルが間接的に食欲抑制ペプチドの放出を促す経路も注目されています。ヒトへの外挿には慎重さが必要ですが、中枢での多経路性が二重作動薬の優位性の一部を説明する可能性があります。
2. 末梢インスリン感受性の加算
- GLP-1R: 膵β細胞のインスリン分泌促進(cAMP経路によるexocytosis亢進)
- GIPR: 脂肪組織での脂質処理改善(LPL活性調節)、骨格筋でのグルコーストランスポーター(GLUT4)発現関連シグナルへの影響
- 両受容体シグナルの並行刺激: 肝での脂肪蓄積(肝脂肪量)の減少(SURPASS試験のサブ解析で示唆)
これらは作用部位が一部異なるため、HbA1c低下効果が加算的〜相乗的に積み上がります。実際にSURPASS試験群では、チルゼパチド15mg投与のHbA1c正常化(<5.7%)達成率が約40%に達したと報告されており、これはGLP-1単独作動薬では通常見られない水準です。
3. 副作用の相対的緩和(仮説)
GIPRシグナルは脳幹の後極(area postrema)や孤束核でGLP-1誘発性の悪心・嘔吐シグナルを打ち消す方向に働く動物データがあり、これが臨床でセマグルチドより消化器系副作用を「強く出にくくしている可能性」が議論されています。
ただし臨床試験では悪心・下痢の頻度自体は両薬とも一定割合で報告されており、「副作用が少ない薬」と単純化するのは誤りです。SURPASS-2試験において悪心の発生頻度はチルゼパチド15mg群で約18%、セマグルチド1mg群で約18%と大差なく、消化器症状の「質」(強度・持続期間)の違いに関する体系的比較データはまだ限られています。
4. 体重減少の機序の多層性
チルゼパチドの体重減少が特に大きい理由として、以下の複合的メカニズムが議論されています。
| 機序 | 関与する経路 |
|---|---|
| 摂食量の低下 | 中枢GLP-1R・GIPR刺激による食欲抑制 |
| 基礎代謝の改善 | GIPR経由のエネルギー消費増加(動物データ) |
| 胃排出遅延 | 食後の血糖スパイク抑制と満腹感延長 |
| 脂肪組織の質的変化 | 内臓脂肪選択的な減少(SURPASS-3 CMR サブ解析) |
| インスリン抵抗性改善 | 高インスリン血症の軽減による脂肪合成抑制 |
臨床エビデンス——SURPASSとSURMOUNT
SURPASS-2: セマグルチド1mgとの直接比較
2型糖尿病患者(n=1,879)を対象に、チルゼパチド(5/10/15mg)とセマグルチド1mgを40週投与した直接比較RCTです。主要評価項目はHbA1c変化量でした。
| 投与量 | HbA1c低下(ベースライン約8.28%) | 体重減少(目安) | HbA1c<7%達成率 |
|---|---|---|---|
| チルゼパチド 5mg | -2.07% | -7.6kg | 約82% |
| チルゼパチド 10mg | -2.34% | -9.3kg | 約87% |
| チルゼパチド 15mg | -2.55% | -11.2kg | 約85% |
| セマグルチド 1mg | -1.86% | -5.7kg | 約79% |
全用量でセマグルチド1mgを上回り、特に15mg群との差は統計的に明確でした(いずれもp<0.001)。注目すべき点は、体重減少においても全用量で有意差が示された点であり、血糖降下薬として比較したにもかかわらず抗肥満効果の差も明確だったことです。
SURPASS-3: インスリンデグルデクとの比較・脂肪分布へのインパクト
SURPASS-3ではインスリンデグルデク(持効型インスリン)との比較が行われ、チルゼパチドの優位性が確認されました。さらに磁気共鳴画像(MRI/MRS)を用いたサブ解析では、チルゼパチド群で内臓脂肪と肝脂肪の選択的な減少が示されており、単純な体重減少にとどまらない代謝的改善が示唆されています。肝脂肪の減少は非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の改善にもつながる可能性があり、今後のエビデンス蓄積が注目されます。
SURMOUNT-1: 肥満症(非糖尿病)への効果
BMI 30kg/m²以上(または27kg/m²以上+合併症1件以上)の非糖尿病者(n=2,539)を対象に、72週投与で以下の体重減少が報告されています。
| 投与量 | 平均体重減少率 | 5%以上体重減少達成率 |
|---|---|---|
| チルゼパチド 5mg | 約-15.0% | 約85% |
| チルゼパチド 10mg | 約-19.5% | 約89% |
| チルゼパチド 15mg | 約-20.9%(約-22.5%の報告もあり) | 約91% |
| プラセボ | 約-2.4% | 約35% |
参考としてセマグルチド2.4mgのSTEP-1試験(68週)では約**-14.9%**の体重減少が報告されており、試験デザイン・投与期間・対象集団が異なるため厳密な直接比較はできませんが、数値上はチルゼパチド高用量群が上回っています。
SURMOUNT-2: 2型糖尿病合併肥満症
2型糖尿病を合併した肥満患者を対象としたSURMOUNT-2では、チルゼパチド10mgで約-13.4%、15mgで約-15.7%の体重減少が72週で報告されています。非糖尿病例より効果は小さいものの、既存薬と比較して際立った数値です。
SURMOUNT-4: 中止後のリバウンド
36週投与後にプラセボへ切り替えた群では体重が再増加し、チルゼパチド継続群はさらに減少を続けたとの報告があります。プラセボ切り替え52週後(試験全体88週)の時点でプラセボ群は体重がほぼベースライン近くまで戻り、継続群との差は約14%に達しました。これは「治療を止めれば戻る」慢性疾患モデルを改めて示すとともに、肥満症治療における長期継続管理の重要性を強調するデータです。
用量設計と薬物動態
段階的増量の意味
チルゼパチドは2.5mgから開始し、4週ごとに2.5mgずつ増量して維持用量(5/10/15mgのいずれか)に到達させます。
- 2.5mgは治療用量未満の「導入量」と位置づけられており、単独では血糖降下・体重減少への寄与が限定的
- 急激な増量で消化器系副作用(悪心・嘔吐・下痢)の発生閾値を超えないようにする
- 患者ごとに耐容性に応じて維持量を選ぶ(全員が15mgに到達する必要はない)
- 増量のペースを落とす(8週ごと等)ことで忍容性を改善できる場合があり、個別化対応が重要
薬物動態パラメータ(目安)
| パラメータ | 数値・内容 |
|---|---|
| 最高血中濃度到達時間(Tmax) | 投与後約8〜72時間(皮下注のため広い範囲) |
| 血漿中半減期 | 約5日(目安) |
| 分布容積 | 約10.3L(アルブミン結合により血中に偏在) |
| 代謝経路 | ペプチダーゼによる加水分解、脂肪鎖の酸化的代謝 |
| 排泄経路 | 尿中・糞中(腎機能低下での蓄積は限定的とされるが要注意) |
| タンパク結合率 | >99%(アルブミン) |
| 定常状態到達時間 | 約4〜8週(週1回投与) |
薬物相互作用
チルゼパチドは主にCYP酵素系では代謝されないため、CYP阻害薬・誘導薬との薬物相互作用リスクは低いとされています。ただし、胃排出遅延作用により以下の相互作用に注意が必要です。
| 相互作用が懸念される薬剤 | 内容 |
|---|---|
| 経口血糖降下薬(スルホニル尿素系・インスリン) | 低血糖リスク増大。チルゼパチド追加時は減量を検討 |
| ワルファリン | 吸収タイミング変化によるINR変動の可能性。PT-INR モニタリング強化 |
| 経口避妊薬(特に低用量) | 胃排出遅延により吸収が変化する可能性。確実な避妊のためバックアップ法の使用が推奨される場合あり |
| 甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシン等) | 吸収タイミングへの影響懸念。空腹時服用のタイミング管理に注意 |
半減期と週1回皮下注
- 血漿中半減期: 約5日(目安)
- アルブミン結合脂肪鎖による腎クリアランス遅延と分解抵抗性
- 週1回投与で定常状態が維持できる設計
- 注射後の局所反応(注射部位の発赤・硬結)は比較的軽微で一過性のことが多い
ATEOS製剤(オートインジェクター)
日本で流通するマンジャロ皮下注は、単回使用のオートインジェクター(ATEOSプラットフォーム)を採用しています。
- 針が外から見えない設計(針恐怖症への配慮)
- ボタンを押すと自動で注入完了まで進行(クリック音で確認可能)
- 用量ごとに専用デバイス(色分けラベルによる用量間違い防止)
- 冷蔵保管(2〜8℃)が原則だが、開封後は室温(最高30℃)で最大21日間保管可能
セマグルチドとの比較整理
| 項目 | チルゼパチド(マンジャロ) | セマグルチド(オゼンピック/ウゴービ) |
|---|---|---|
| 作用機序 | GIP/GLP-1 二重作動 | GLP-1 単独作動 |
| アミノ酸数 | 39 | 31 |
| 骨格のベース | GIP類似配列 | GLP-1類似配列 |
| 半減期 | 約5日(目安) | 約7日(目安) |
| アルブミン結合 | C20脂肪二酸(γGlu-2xOEGリンカー) | C18脂肪酸鎖(リンカー経由) |
| 投与頻度 | 週1回皮下注 | 週1回皮下注(経口剤リベルサスは1日1回) |
| 糖尿病用量(皮下注) | 2.5/5/7.5/10/12.5/15mg | 0.25/0.5/1.0/2.0mg |
| HbA1c低下(最大用量・目安) | 約-2.5% | 約-1.9%(2mg) |
| 体重減少(最大用量・目安) | -20%超(72週、非糖尿病肥満) | 約-15%(68週、STEP-1) |
| 心血管アウトカム試験 | SURPASS-CVOT(進行中〜結果公表段階) | LEADER(リラグルチド)、SUSTAIN-6(セマグルチド)で有益性示唆 |
| デバイス | ATEOSオートインジェクター | プレフィルドペン(FlexTouch等) |
※体重減少率は対象集団・試験期間・ベースラインBMIで異なるため厳密比較ではありません。
安全性プロファイルの詳細——副作用の機序と対処
消化器系副作用(最多の副作用カテゴリー)
チルゼパチドの最も頻度の高い副作用は消化器系です。SURPASS-2での頻度(チルゼパチド15mg群、目安)は悪心約18%、下痢約17%、嘔吐約11%、便秘約11%でした。
これらの消化器症状は、GLP-1R刺激による胃腸管の蠕動運動抑制と腸管神経系への直接作用が主因です。特に増量直後の数日間に顕在化しやすく、漸増スケジュールを守ること・脂っこい食事や過食を避けることで軽減できます。
膵炎・胆石リスク
GLP-1受容体作動薬では膵炎リスクが議論されており、チルゼパチドの添付文書でも急性膵炎の発現に関する注意喚起があります。腹痛・背部痛が持続する場合には速やかに医療機関を受診するよう指導することが重要です。また胆汁組成の変化(体重減少時に共通)により胆石が生じやすくなる可能性も報告されています。
甲状腺C細胞腫瘍リスク(動物実験ベース)
ラットおよびマウスの長期投与試験でGLP-1受容体作動薬による甲状腺C細胞過形成・腫瘍が報告されています。ヒトへの外挿性は現時点では不明ですが、甲状腺髄様癌(MTC)または多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の個人または家族歴を持つ患者は禁忌とされています。
周術期管理——「中止はいつまでか」
日本麻酔科学会は、GLP-1受容体作動薬の胃排出遅延作用が手術時の誤嚥リスクを高めうるとして注意喚起を発出しています。推奨される休薬期間は各学会・施設によって異なりますが、週1回製剤では最低1週間前からの休薬が議論されており、具体的な判断は担当麻酔科医と相談が必要です。
免疫原性
ペプチド製剤では抗薬物抗体(ADA: anti-drug antibody)が形成される可能性があります。チルゼパチドの臨床試験では約1.7〜2.4%でADAが検出されたとの報告がありますが、中和抗体の形成による効果減弱は限定的とされています。
次世代——受容体 selectivity をさらに広げる
二重作動の次は、受容体組み合わせの拡張です。
- レタトルチド(retatrutide): GLP-1/GIP/グルカゴン三重作動薬。グルカゴン受容体刺激は肝での脂質燃焼・エネルギー消費増加に関与し、第II相試験で24週・15mg用量で体重が約-17.5%減少したと報告されています(開発中)。グルカゴン作動成分が血糖に与える影響(上昇方向)をGLP-1成分がどこまでカバーするかが開発の鍵です。
- オルフォルグリプロン(orforglipron): 経口GLP-1受容体作動薬(非ペプチド低分子)。ペプチドではないため消化液による分解を受けにくく、食事制限なしの服用が可能と期待されています(開発中、第III相試験進行中)。
- CagriSema(カグリセマ): セマグルチド+カグリリンチド(長時間作用型アミリンアナログ)の配合注射薬。アミリンは食後の満腹感を高めるホルモンで、第II相試験では32週で約-15.6%の体重減少が報告されています(開発中)。
- マズドチド(mazduutide): GLP-1/グルカゴン二重作動薬。中国で開発が進んでいる(開発中)。
これらはまだ承認前のものを含み、臨床現場で使えるのはチルゼパチド/セマグルチド/リラグルチド等が中心です(2024-2025年時点)。インクレチン系薬剤の競争的な開発が続いており、今後の承認状況の変化には継続的な注意が必要です。
臨床使用上の注意点(一般論として)
適応と適正使用の確認
現在のチルゼパチドの日本国内での承認適応は2型糖尿病の血糖コントロールです。肥満症への適応については、2024年時点での適応拡大申請・承認の状況を必ず最新の添付文書・PMDAの情報で確認してください。
- 急性膵炎・胆道系疾患のリスクは添付文書で言及されており、腹痛・背部痛持続時は受診
- 胃排出遅延作用があるため周術期管理に注意(学会から麻酔前休薬の見解あり)
- 甲状腺髄様癌・MEN2の既往/家族歴は禁忌(動物実験ベースの注意喚起)
- 妊娠・授乳期は避ける(動物実験で胎児毒性あり、妊娠可能年齢の女性には適切な避妊の指導が必要)
- 重度の腎機能障害・肝機能障害患者では使用経験が限られており慎重投与
美容目的・自費使用の問題
チルゼパチドは本来、2型糖尿病治療薬として承認を受けた医薬品であり、美容目的・自費診療での処方が問題化しています。医薬品の適応外使用においては、医師が科学的根拠に基づき適正を評価した上で処方する責任があり、患者側も適切な医療機関でのリスク評価・フォローアップを受けることが不可欠です。「個人輸入による入手」や「オンライン診療での安易な処方」には、偽造品リスク・適正管理の問題が含まれることを十分に認識してください。
患者教育のポイント
| 指導事項 | 内容 |
|---|---|
| 食事指導 | 脂質・高糖質の食事は悪心を悪化させるため避ける |
| 注射手技 | 腹部・大腿・上腕の皮下脂肪部位を輪番で使用 |
| 忘れた場合 | 次の投与予定日まで5日以上あれば速やかに投与、5日未満の場合は次の予定日に投与 |
| 脱水予防 | 嘔吐・下痢が続く場合は水分補給を積極的に行い、重症の場合は受診 |
| 低血糖 | SU薬・インスリン併用時に注意。甘いものや補食の準備について指導 |
まとめ
- チルゼパチドはGIP×GLP-1の二重作動という新しい薬理学的カテゴリーを切り拓いた
- GIP骨格ベースの分子設計と不均衡作動(biased agonism)が、効果と忍容性のバランスを生み出している
- 中枢(食欲抑制)と末梢(インスリン分泌・感受性・脂肪代謝)の両層で相乗効果を発揮
- GLP-1Rへの「不均衡作動」設計が消化器系副作用の閾値を引き上げている可能性があるが、副作用の完全回避を意味するものではない
- SURPASS-2での直接比較・SURMOUNT-1の体重減少データはセマグルチドを上回る数値を示した
- 薬物相互作用(特に胃排出遅延による吸収変動)と周術期管理に関する情報提供が薬剤師の重要な役割
- 「やせ薬」ではなくインクレチンミメティックとして、慢性疾患の長期管理ツールとして理解することが本質
免責事項
本記事は薬理学的解説を目的とした一般情報であり、個別の診断・治療・処方判断を行うものではありません。チルゼパチド等の使用可否、用量調整、副作用への対応は必ず主治医および薬剤師にご相談ください。記載の臨床試験数値は公表データに基づきますが、個々の患者で同等の効果が得られるとは限りません。情報は2024-2025年時点のものであり、最新の添付文書・学会指針を優先してください。
参考文献
-
Frías JP, et al. Tirzepatide versus Semaglutide Once Weekly in Patients with Type 2 Diabetes (SURPASS-2). N Engl J Med. 2021;385(6):503-515. https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2107519
-
Jastreboff AM, et al. Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity (SURMOUNT-1). N Engl J Med. 2022;387(3):205-216. https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2206038
-
Aronne LJ, et al. Continued Treatment With Tirzepatide for Maintenance of Weight Reduction in Adults With Obesity (SURMOUNT-4). JAMA. 2024;331(1):38-48. https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2811012
-
Wilding JPH, et al. Once-Weekly Semaglutide in Adults with Overweight or Obesity (STEP-1). N Engl J Med. 2021;384(11):989-1002. https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2032183
-
Coskun T, et al. LY3298176, a novel dual GIP and GLP-1 receptor agonist for the treatment of type 2 diabetes mellitus and obesity: From discovery to clinical proof of concept. Mol Metab. 2018;18:3-14. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2212877818302382
-
マンジャロ皮下注 添付文書(日本イーライリリー株式会社). PMDA医薬品情報. https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/670006_3969746G1020_1_07
-
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)マンジャロ審査報告書. https://www.pmda.go.jp/drugs/2023/P20230421001/index.html
-
日本麻酔科学会 GLP-1受容体作動薬に関する注意喚起(周術期管理). https://anesth.or.jp/
監修: 薬剤師(博士(薬学))