機内で失神する薬コンボ——利尿薬×抗ヒス×睡眠薬+9%RH脱水
「機内で倒れるのは体力が落ちた老人だけ」——そう思っていないだろうか。実際には、複数の薬を服用している旅行者が機内という特殊環境に置かれたとき、年齢を問わず失神リスクが急上昇する。本記事では、機内の物理的環境と薬の相互作用が重なって失神を引き起こすメカニズムを、薬学的に解説する。
旅行者の多くは「いつも通りの薬をいつも通りに飲んでいる」だけだ。しかし「いつも通り」の前提となる地上環境——気圧760 mmHg、湿度40〜60%RH、適切な水分摂取——は機内では根本的に崩れている。薬の効果・副作用プロファイルは地上の生理条件で設計されており、機内という「設計外の条件」では想定外の薬理反応が現れうる。
1. 機内は「動く高地砂漠」——環境の物理を理解する
1-1. 与圧と低酸素
旅客機の客室は巡航高度(約35,000フィート)でも与圧されているが、その気圧は地上の約0.75気圧、標高換算で約2,400m相当に設定されている(2024-2025年時点の典型値)。この環境下では動脈血酸素分圧(PaO₂)が目安で60〜70 mmHg程度まで低下し、健常者でも軽度の低酸素状態となる。
低酸素は末梢血管の緊張を変化させ、自律神経の代償反応を要求する。具体的には、頸動脈洞・大動脈弓の化学受容器が低PaO₂を感知し、交感神経系を賦活して心拍数増加・末梢血管収縮を試みる。この「代償余力」が薬によって削られていると、血圧維持が破綻しやすくなる。さらに低酸素下では脳血管の自動調節能(オートレギュレーション)も一定程度は維持されるが、循環血液量が低下した状態ではその維持能力を超えた脳灌流低下が生じやすい。
なお、乗客の中には平地では症状のない軽度の貧血(ヘモグロビン11〜12 g/dL程度)を抱える人も少なくない。貧血状態では酸素運搬能力が元から低下しているため、機内低酸素との組み合わせで組織酸素供給がより著しく低下し、自律神経の代償反応がより強く要求される。
1-2. 湿度9%——砂漠以下の乾燥
機内の相対湿度は巡航中に9〜15%RH程度まで低下する(目安)。比較として、砂漠地帯の乾季でも20〜25%RH前後であることを考えると、機内がいかに異常な乾燥環境かがわかる。
この乾燥により、皮膚・気道粘膜からの不感蒸泄が著しく増加する。不感蒸泄は通常1日800〜1,000 mL程度(皮膚・肺から各約半分)であるが、機内の低湿度下では呼気からの水分喪失が急増する。呼気の相対湿度はほぼ100%RHであるため、吸気との湿度差が大きいほど呼気1回あたりの水分喪失量が増える。機内ではこのメカニズムだけで1時間あたり数十mLの追加水分喪失が生じうる。
1-3. 機内脱水の速度
| 条件 | 水分喪失量(目安) |
|---|---|
| 安静時・地上(25%RH) | 約30〜40 mL/時間 |
| 機内巡航中(9〜15%RH) | 約80〜100 mL/時間 |
| 5時間フライト累計 | 400〜500 mL超 |
| 10時間フライト累計 | 800〜1,000 mL超 |
500 mLの脱水は、血漿量の約10%に相当する。これだけで循環血液量が低下し、起立性低血圧の素地が形成される。さらに重要なのは、自覚症状(口渇感)が遅れて現れるという点だ。特に高齢者では口渇感の閾値が高く、「のどが渇いていない」状態でも実際には高度の脱水が進行していることがある。利尿薬服用者ではこの傾向がさらに強まる。
1-4. 温度ムラ——滑走待機中の高温
見落とされがちなのが、搭乗直後から離陸前の滑走待機中だ。夏季の地上では機内温度が28℃を超えることがある。エアコンが本格稼働するのは離陸後であり、この間に発汗による脱水と熱負荷が加わる。利尿薬を服用中の旅行者では、この段階ですでに熱中症の初期状態に入っている可能性がある。
さらに機内温度は座席の位置によって不均一であり、日差しが当たる窓側の席や、エンジン排熱の影響を受ける後部座席では局所的に高温となりやすい。発汗によって失われるのは水分だけでなく電解質(ナトリウム・カリウム)も含まれるため、利尿薬による電解質異常をさらに悪化させる可能性がある。
1-5. 長時間の静的体位——深部静脈血栓と静脈うっ滞
機内では数時間にわたり座位を強いられる。下肢の静脈は重力により血液が貯留しやすく、特に膝窩部(膝の裏)が圧迫される狭い座席では下肢静脈からの還流がさらに妨げられる。この状態は深部静脈血栓症(DVT)のリスクを高めるだけでなく、静脈プールの増大によって有効循環血液量を機能的に低下させる。利尿薬や脱水による実際の循環血液量低下と合わさると、起立時の静脈還流低下が著しくなる。
2. 失神の機序——静脈還流低下から脳灌流低下へ
起立性低血圧による失神は、以下のカスケードで起きる。
- 循環血液量の低下(脱水・薬剤性)
- 静脈還流量の減少(前負荷低下)
- 一回拍出量・心拍出量の低下(フランク-スターリング機序の破綻)
- 圧受容体反射(バロリフレックス)の代償限界
- 血圧低下(収縮期血圧が目安で20 mmHg以上低下)
- 脳灌流圧の低下
- 意識消失(失神)
機内では「立ち上がる」という動作が引き金になることが多い。トイレに立つ、荷物棚に手を伸ばす、着陸後に席を立つ——これらすべてが急性の起立負荷となる。
2-1. バロリフレックスの破綻メカニズム
通常、立位をとると約500 mLの血液が下肢・腹部内臓に移動し、静脈還流が一時的に低下する。これを頸動脈洞・大動脈弓の圧受容器が感知し、迷走神経活動を低下させながら交感神経系を賦活して心拍数増加・末梢血管収縮を引き起こし、2〜3秒以内に血圧を正常に回復させる(バロリフレックス)。
しかし脱水による循環血液量低下がある状態では、そもそも代償に使える「血圧の余力」が少ない。さらに睡眠薬・抗ヒスタミン薬・アルコールによってこの反射が鈍化すると、代償が追いつかない。
2-2. 神経調節性失神(血管迷走神経性失神)との重なり
機内での不安・密閉感・痛み(長時間着座による腰痛など)は、神経調節性失神(いわゆる迷走神経反射)を誘発しうる。これは脱水・薬剤性の起立性低血圧とは別のメカニズムだが、両者が同時に作用すると失神の閾値がさらに下がる。空腹(機内食の遅延・欠食)による低血糖も意識障害のリスクを加える。
3. 「失神コンボ」を構成する薬剤群
3-1. 利尿薬(チアジド系・ループ系)
高血圧や心不全の治療に広く使われるチアジド系利尿薬(ヒドロクロロチアジド、トリクロルメチアジドなど)やループ利尿薬(フロセミド、トラセミドなど)は、腎臓からのナトリウム・水排泄を促進する。
薬理機序の詳細: チアジド系は遠位尿細管のNa⁺-Cl⁻共輸送体(NCC)を阻害し、ループ利尿薬はヘンレループ上行脚太部のNa⁺-K⁺-2Cl⁻共輸送体(NKCC2)を阻害することでナトリウムの再吸収を抑制し、尿量を増加させる。どちらも低ナトリウム血症・低カリウム血症・血液濃縮(ヘマトクリット上昇)を引き起こしうる。
薬物動態の観点: 多くのチアジド系利尿薬は服用後1〜2時間で利尿作用が始まり、4〜6時間でピークを迎える。フロセミドは経口後1時間以内に効果が現れ、2〜3時間で最大となる。つまり、朝に通常通り服用して空港に向かった場合、機内搭乗時はちょうど利尿効果のピーク帯に重なることになる。
機内での問題点は以下のとおりだ。
- 機内脱水に「薬剤性脱水」が上乗せされる
- 低ナトリウム血症・低カリウム血症のリスクが高まる(低ナトリウム血症は130 mEq/L以下で倦怠・頭痛、125 mEq/L以下で意識障害も)
- トイレに立つ頻度が増え、そのたびに急性起立負荷がかかる
- 滑走待機中の高温環境と組み合わさると熱中症リスクが急上昇する
- アルドステロン系の二次的活性化により、長時間フライト後半にかえってナトリウム貯留・むくみが生じることもある
3-2. 第1世代抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン・クロルフェニラミンなど)
市販の花粉症薬・かぜ薬・乗り物酔い止めに広く含まれる第1世代抗ヒスタミン薬は、H1受容体遮断に加えて強い抗コリン作用を持つ。
薬理機序の詳細: 第1世代抗ヒスタミン薬はH1受容体への選択性が低く、ムスカリン性アセチルコリン受容体(M受容体)・α1アドレナリン受容体・セロトニン受容体にも親和性を持つ。M受容体遮断(抗コリン作用)は口渇・散瞳・尿閉・便秘・心拍数増加を引き起こす一方、α1遮断は末梢血管拡張・血圧低下をもたらす。血液脳関門を容易に透過するため中枢抑制(眠気・注意力低下)も強い。
薬物動態: ジフェンヒドラミンの半減期は約4〜8時間、クロルフェニラミンは約12〜24時間と比較的長い。出発当日に「乗り物酔いが心配だから」と服用した場合、フライト中ずっと薬効が続く可能性がある。
機内での問題点:
- 抗コリン作用による口渇・唾液分泌低下 → 脱水感の増強・口渇による飲料摂取行動が抑制される
- 尿閉傾向(特に高齢男性・前立腺肥大症の既往がある場合) → トイレを長時間我慢した後の急激な起立
- 中枢抑制(鎮静)→ 自律神経反射の鈍化・転倒時の防御反応の遅延
- α1遮断による血管拡張 → 末梢血管抵抗の低下・血圧低下
- 「眠くなる薬」として意図的に服用するケースも多く、睡眠薬との重複使用が起きやすい
- QT延長作用を持つ製品もあり(ジフェンヒドラミン)、不整脈リスクも検討が必要な場合がある
3-3. 睡眠薬(ベンゾジアゼピン系・Z薬)
長距離フライトで時差対策や機内睡眠のために処方・服用されるベンゾジアゼピン系薬(トリアゾラム、ニトラゼパムなど)やZ薬(ゾルピデム、エスゾピクロンなど)は、GABA-A受容体を介して中枢神経を抑制する。
薬理機序の詳細: GABA-A受容体はリガンド依存性クロライドチャネルであり、ベンゾジアゼピン系薬はGABAの結合サイトとは別のアロステリック部位に結合してGABAの作用を増強する。これにより神経細胞の過分極が促進され、興奮性が低下する。この作用は大脳皮質(鎮静・催眠)・小脳(筋弛緩・協調運動障害)・脳幹の自律神経中枢(バロリフレックスの鈍化)に及ぶ。
薬物動態と機内でのタイミング問題: トリアゾラム(半減期2〜4時間)は短時間作用型だが、ゾルピデム(半減期2〜3時間)も半減期だけみると短く見える。しかし個人差・高齢・肝機能低下・アルコール併用などで実際の薬効持続時間は大幅に延長する。「着陸の3時間前に飲めば大丈夫」という思い込みは危険で、着陸後も薬効が残存して失神リスクが継続することがある。
機内での問題点:
- 血管平滑筋の弛緩による末梢血管拡張 → 血圧低下
- 圧受容体反射(バロリフレックス)の鈍化 → 起立時の代償反応が遅れる(2〜3秒の代償が5〜10秒以上に延長しうる)
- 筋弛緩作用 → 起き上がり動作が緩慢になり、転倒リスクも上昇
- 睡眠中は数時間にわたり水分補給ゼロ → 脱水が進行する
- 低酸素環境との相乗で呼吸抑制が増強される可能性(特にベンゾジアゼピン系・高用量)
リスクが最も集中するのは「睡眠薬で眠った後、トイレのために起き上がる瞬間」である。深い睡眠から急に覚醒し、起立するという最悪のシナリオでは——数時間の水分補給ゼロ+薬剤性血管拡張+バロリフレックス鈍化+起立負荷——が一瞬に重なる。
3-4. アルコール——見落とされがちな「第4の因子」
機内での飲酒は脱水と血管拡張を同時にもたらす。
| 作用 | 機内への影響 |
|---|---|
| 抗利尿ホルモン(ADH)抑制 | 尿量増加 → 脱水加速 |
| 末梢血管拡張 | 血圧低下 |
| 中枢抑制 | 自律神経反射の鈍化 |
| 低酸素との相乗 | 気圧低下環境では酔いの自覚が遅れやすい(目安) |
| 肝代謝の競合 | 同時服用薬(ベンゾジアゼピン系など)の血中濃度上昇 |
ベンゾジアゼピン系睡眠薬+アルコール+気圧低下の組み合わせは「トリプルヒット」と呼べる状態であり、失神リスクが著しく高まる。特にアルコールはCYP3A4(チトクロームP450 3A4)を競合的に阻害するため、同酵素で代謝されるトリアゾラムやゾルピデムの血中濃度が予想外に高くなることがある。
3-5. 降圧薬(ARB・Ca拮抗薬・ACE阻害薬)
アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB:ロサルタン、カンデサルタン、テルミサルタンなど)、カルシウム拮抗薬(アムロジピン、ニフェジピンなど)、ACE阻害薬(エナラプリル、ペリンドプリルなど)は、機内脱水による循環血液量低下と相乗して血圧を過度に低下させる可能性がある。
薬理機序の観点: ARBはレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)を遮断することで血管収縮を抑制し、脱水による循環血液量低下があっても代償的な血管収縮が起きにくくなる。Ca拮抗薬は血管平滑筋のL型Ca²⁺チャネルを阻害して末梢血管抵抗を低下させており、脱水と組み合わさると過度の血圧低下につながりうる。
これらの薬は「飲み続けることが大切」な薬であり、自己判断での中断は危険だ。しかし、旅行前に医師・薬剤師と「機内での水分管理と服薬タイミング」を確認しておくことが重要である。
3-6. 前立腺肥大症治療薬(α1遮断薬)——見落とされる追加リスク
タムスロシン、シロドシン、ナフトピジルなどのα1アドレナリン受容体遮断薬は、前立腺肥大症に伴う排尿障害の治療に広く使われている。しかし末梢血管のα1受容体も遮断するため、起立性低血圧を引き起こしやすい薬剤群として知られている。
これに機内脱水・利尿薬・降圧薬が加わると、高齢男性ではリスクが特に高くなる。さらにα1遮断薬を服用中の男性がトイレで排尿した直後(排尿後失神のリスク)に起立性低血圧が重なると、失神の可能性がさらに高まる。
4. 「失神コンボ」の重なり方——リスクマトリクス
以下の表は、薬剤と機内環境要因が重なるほどリスクが高まることを示す(定性的評価)。
| 要因 | 脱水促進 | 血管拡張 | 反射鈍化 | 起立負荷 | 電解質異常 |
|---|---|---|---|---|---|
| 機内乾燥(9%RH) | 高 | — | — | — | — |
| 利尿薬 | 高 | — | — | 高(頻尿) | 高 |
| 第1世代抗ヒス | 中 | 中(α1遮断) | 中 | 中(尿閉後) | — |
| 睡眠薬(ベンゾ/Z薬) | 中(睡眠中) | 中 | 高 | 高(起床時) | — |
| アルコール | 高 | 高 | 中 | — | 低 |
| 降圧薬(ARB/Ca拮抗薬) | — | 高 | — | — | — |
| α1遮断薬 | — | 高 | — | 高(排尿後) | — |
| 低酸素(0.75気圧) | — | — | 中 | — | — |
| 下肢静脈うっ滞(長時間着座) | — | — | — | 高 | — |
複数の要因が重なるほど、失神リスクは相加的・相乗的に上昇する。例えば「利尿薬+第1世代抗ヒスタミン薬+機内乾燥」だけでも脱水促進が「高×3」となり、単独の3倍以上のリスクが生じうる。
5. 薬物動態から読む「機内でのリスクピーク時間帯」
| 薬剤 | 代表的半減期 | 朝服用時のリスクピーク | 注意が必要なタイミング |
|---|---|---|---|
| フロセミド(ループ利尿薬) | 約0.5〜1時間 | 搭乗直後〜2時間 | 機内序盤のトイレ立ち上がり |
| ヒドロクロロチアジド | 約6〜15時間 | 搭乗中〜着陸後 | フライト全般 |
| ジフェンヒドラミン | 約4〜8時間 | 搭乗中〜着陸後 | フライト全般 |
| クロルフェニラミン | 約12〜24時間 | 翌朝まで | 着陸後のホテル移動中も注意 |
| トリアゾラム | 約2〜4時間 | 服用後2〜6時間 | 中途覚醒時のトイレ |
| ゾルピデム | 約2〜3時間(個人差大) | 服用後2〜5時間 | アルコール・高齢で大幅延長 |
| アムロジピン(Ca拮抗薬) | 約35〜50時間 | 服用から複数日にわたり | 旅行中を通じて持続的 |
半減期が長い薬剤(クロルフェニラミン、アムロジピンなど)は、旅行中の薬効が途切れずリスクが持続する。半減期が短い薬剤でも、機内での代謝変化(低体温・低活動・アルコール競合など)で実際の薬効持続時間は延長しうることを念頭に置く必要がある。
6. 出発前に確認すべき薬剤レビュー項目
旅行前に医師・薬剤師に相談する際のチェックリストを示す。
処方薬について確認すること
- 利尿薬を服用中の場合、フライト当日の服薬タイミングを変更できるか(例:夜型から朝型へ、または医師判断による一時的な減量)
- 降圧薬の種類と、脱水時の血圧低下リスクについて
- 睡眠薬の使用が本当に必要か、代替手段(遮光アイマスク、耳栓、メラトニン受容体作動薬の検討など)で対応できないか
- α1遮断薬(前立腺肥大症治療薬)服用中の起立性低血圧リスク
- 複数の薬を服用している場合、薬剤間相互作用の確認(特にCYP3A4を介する代謝競合)
- 旅行先の医療事情を踏まえた「お薬手帳」または英文処方内容サマリーの準備
市販薬について確認すること
- 乗り物酔い止め(ジフェンヒドラミン配合製品など)と処方薬の重複
- 花粉症薬・かぜ薬に含まれる第1世代抗ヒスタミン成分の確認(多くの総合感冒薬に配合されている)
- 「眠れる」と宣伝されるOTC製品の成分確認(ジフェンヒドラミン配合が多い)
- 痛み止めとして服用するNSAIDs(イブプロフェン、ナプロキセンなど):腎血流量低下時に急性腎障害リスクがあり、脱水状態での使用は特に注意
機内での飲酒について
- 降圧薬・睡眠薬・抗ヒスタミン薬服用中は機内アルコールを控えることを医師・薬剤師に確認する
- 「機内では少量でも酔いやすい」という体感的な事実は、低気圧環境による代謝変化・脱水促進・自律神経への負荷を反映している
7. 機内での実践的対策
7-1. 水分補給
- 搭乗前から意識的に水分を補給しておく(搭乗2〜3時間前から500 mL程度を目安に——ただし個人差あり、利尿薬服用者は医師に要確認)
- 機内では1時間あたり150〜200 mL程度の水分補給を目安とする(個人差あり)
- コーヒー・緑茶はカフェインによる利尿作用があるため、水・ハーブティー・スポーツドリンクを優先する
- 経口補水液(ORS)の持ち込みについて:液体制限(多くの国際線で100 mL以下/容器)の例外規定として、医療目的の液体は申告により持ち込めるケースがある。出発前に航空会社・空港のセキュリティ規定を確認すること
- アルコール・カフェイン飲料は脱水を促進するため、水・スポーツドリンクを優先する
7-2. 身体的対策
- 弾性ストッキング(コンプレッションソックス)の着用:静脈還流を補助し、起立性低血圧を軽減する効果が期待できる。特に利尿薬・降圧薬服用者・長距離フライトでは積極的に検討する
- 1〜2時間ごとに通路を歩く:下肢の筋ポンプ作用で静脈還流を促進する
- 席を立つ前に「足首の屈伸運動を10回行ってから立ち上がる」習慣をつける
- 立ち上がった直後はすぐに歩き出さず、数秒間その場で静止して血圧が安定するのを待つ
- トイレの個室内では転倒防止のためドアや手すりを掴んで立ち上がる動作をゆっくり行う
- 着陸後の急いだ「席立ち」に注意する:着陸後の荷物取りや出口への移動も失神のリスク帯である
7-3. 薬の服用タイミング
- 睡眠薬を使用する場合は、着陸前に十分な覚醒時間を確保できるタイミングで服用する。医師から指定された半減期を参考に、「着陸の○時間前に飲む」を事前に決めておく
- 利尿薬の服薬タイミングについては、必ず事前に医師・薬剤師に相談する(自己判断での休薬は危険)
- 機内での乗り物酔い対策として第1世代抗ヒスタミン薬の服用を考えている場合は、処方薬との相互作用を事前に確認し、可能であれば第2世代抗ヒスタミン薬(ロラタジン、セチリジンなど:中枢移行性が低く抗コリン作用が弱い)への切り替えを医師・薬剤師に相談する
7-4. 緊急時の備え
- 機内での失神や重度のめまい・立ちくらみが起きた場合は、すぐに座るか横になり、客室乗務員に申告する
- 同行者がいる場合は、服薬内容と「失神リスクがある」旨を事前に共有しておく
- 「お薬手帳」を機内持ち込み手荷物に入れ、すぐ取り出せる場所に保管する
- 旅行保険の加入と医療支援サービスの連絡先確認も旅行準備の一つとして行う
8. 「機内失神=老化」という誤解を解く
失神は「体力が落ちた高齢者の問題」ではない。40代・50代であっても、高血圧・花粉症・不眠の治療薬を複数服用していれば、機内という特殊環境でのリスクは十分に高い。
むしろ問題なのは「自分は薬を飲んでいるが、まさか失神するとは思わなかった」という認識のギャップだ。薬の効果は地上で設計されており、気圧0.75気圧・湿度9%・長時間の静止という機内環境は、その設計外の条件である。
特に「複数の薬を別々の科で処方されている」ケース——たとえば循環器内科から降圧薬、耳鼻科から抗ヒスタミン薬、内科から睡眠薬という構成——では、各処方医が機内リスクのトータルを把握していない可能性がある。こういった場合こそ、全処方薬を把握しているかかりつけ薬剤師や総合内科医への相談が重要な意味を持つ。
旅行前の処方見直しは「薬を減らす」ことが目的ではなく、「旅行という非日常環境でも安全に薬を使い続けるための調整」である。かかりつけ医・薬剤師への相談を、旅行準備の一つとして組み込んでほしい。
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監修: 薬剤師(博士(薬学))