ベトナムで病院・薬局を使うには|救急115・国際クリニックとHiệu thuốcの使い方を薬剤師が解説
ベトナムは東南アジアの人気渡航先ですが、医療水準は日本とは異なります。特にホーチミンやハノイなどの大都市では質の高い医療機関が増えていますが、地方部では限定的です。本記事では、ベトナム渡航中に体調を崩した場合の実践的な対処法、病院受診のコツ、保険活用方法をベテラン薬剤師の視点から解説します。事前準備と正確な知識があれば、万が一の際も冷静に対応できます。
ベトナムの医療水準と現状
都市部と地方の医療格差
ベトナムの医療水準は地域による差が大きいのが特徴です。ホーチミン、ハノイ、ダナンなどの大都市にある国際基準クリニックでは、日本と同等かそれ以上の設備と医療提供が期待できます。一方、農村部や離島ではX線装置さえない医療施設が多数あります。
| 地域 | 医療水準 | 主な医療機関 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ホーチミン市 | 高い(国際水準) | 国際クリニック複数あり | 英語対応可 |
| ハノイ | 高い(国際水準) | 国際病院・仏系病院あり | 英語・仏語対応 |
| ダナン | 中程度 | 国際対応クリニックあり | 観光地で国際対応増加中 |
| 地方都市 | 低〜中程度 | 公立病院(ベトナム語のみ) | 英語が通じにくい |
| 農村部・離島 | 低い | 初期医療のみ | 緊急時は都市部への移送が必要 |
ホーチミン市(旧サイゴン)は東南アジアでも医療インフラの整備が進んでおり、ハノイとともに「医療ツーリズム」の対象地となりつつある都市です。しかし、これらの都市でも公立病院と私立・国際クリニックの格差は非常に大きく、渡航者は原則として国際クリニックを利用することが推奨されます。公立病院では、患者が多く待ち時間が数時間に及ぶことも珍しくありません。また、院内感染リスクや設備の衛生状態に差があります。外国人渡航者が公立病院を受診する場合は、海外旅行保険の担当オペレーターに事前確認することを強く勧めます。
薬剤師メモ: ベトナムの医療現場では、医薬分業が日本ほど徹底していません。薬局でも医師の処方箋がなくても抗生物質などの医療用医薬品を購入できてしまうケースがあります。自己判断での購入は避け、必ず医師の診察を受けてください。抗菌薬の不適切使用は、薬剤耐性菌(AMR)の感染リスクを高めるだけでなく、下痢症状の原因が抗菌薬によって適切に治療されない「偽陰性治療」を生む危険もあります。
救急番号115と緊急時の対応フロー
ベトナムの救急電話番号は 115 です(日本の119に相当)。ただし、公共の救急サービスは日本のように整備されておらず、特に地方では到着まで1時間以上かかることも珍しくありません。英語対応が限られているため、緊急時には以下のフローで対応してください。
【緊急時対応フロー】
1. 命に関わる症状 → まず宿泊ホテルのフロントに連絡(通訳・手配の手助けを受ける)
2. 保険会社の24時間緊急ダイヤルに電話 → 提携病院・救急車手配を依頼
3. 自力移動が可能な場合 → タクシーで最寄りの国際クリニックへ
4. 公共救急(115)は最終手段として把握しておく
ホテルのフロントスタッフは、渡航者が医療機関にアクセスするうえで最も頼りになるリソースの一つです。チェックイン時に最寄りの国際クリニックの名前と住所をフロントに確認しておくと、緊急時のロスを防げます。
医療用語の言語問題
ベトナム語は声調言語(6つの声調がある)で、外国人には非常に習得が難しい言語です。医療用語となるとさらに複雑です。大都市の国際クリニックでは英語、フランス語対応スタッフがいますが、公立病院や街なかの薬局(Hiệu thuốc / Nhà thuốc)ではベトナム語のみの場合がほとんどです。
以下の最低限のベトナム語フレーズと、現地薬局で使える英語フレーズを覚えておくと役立ちます。
| 場面 | 英語フレーズ | カタカナ発音 |
|---|---|---|
| 腹痛を伝える | I have a stomachache. | アイ ハヴ ア ストマックエイク |
| 解熱鎮痛薬を求める | Do you have any painkillers?(ドゥ ユー ハヴ エニー ペインキラーズ?) | — |
| 処方箋が必要か確認する | Do I need a prescription for this?(ドゥ アイ ニード ア プリスクリプション フォー ディス?) | — |
| 子どもに使えるか確認する | Is this safe for children?(イズ ディス セーフ フォー チルドレン?) | — |
| 医師に診てもらいたい | I need to see a doctor.(アイ ニード トゥ シー ア ドクター) | — |
ベトナムで頻発する疾患と対策
旅行者が注意すべき感染症
| 疾患 | 感染経路 | 症状の目安 | 予防方法 |
|---|---|---|---|
| 細菌性下痢症 | 汚染食水・食品 | 下痢、腹痛、発熱(1〜3日) | 加熱食のみ、生水飲用禁止 |
| A型肝炎 | 汚染食水・食品 | 黄疸、全身倦怠感(2〜6週) | ワクチン接種推奨 |
| 腸チフス | 汚染食水・食品 | 高熱、相対徐脈(1〜3週) | ワクチン接種推奨 |
| デング熱 | ネッタイシマカ刺咬 | 高熱、関節痛、発疹(3〜14日) | 蚊対策が唯一の予防 |
| 日本脳炎 | コガタアカイエカ刺咬 | 高熱、意識障害、けいれん | ワクチン接種推奨 |
| マラリア | ハマダラカ刺咬 | 間欠熱、悪寒、発汗(7〜30日) | 蚊対策・予防薬服用 |
| 狂犬病 | 感染動物の咬傷・引っ掻き | 頭痛、流涎、麻痺(数週〜数ヶ月) | 暴露前接種・早期暴露後処置 |
ベトナムはデング熱の流行が通年にわたって見られ、特に雨季(5〜10月)に感染リスクが高まります。デング熱はウイルス性疾患であるため、ワクチン(現在流通しているものは過去に感染歴のある人向けに限られる)と蚊対策のみが予防手段です。抗ウイルス薬は存在せず、治療は対症療法が中心となります。
薬学的解説:デング熱と解熱鎮痛薬の選択
デング熱が疑われる場合、解熱鎮痛薬の選択は非常に重要です。アスピリンおよびイブプロフェンを含むNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は血小板機能を阻害し出血傾向を増悪させる可能性があるため禁忌とされています。デング熱に伴う発熱・疼痛への対症療法には、アセトアミノフェン(一般名)を使用します。持参薬にアセトアミノフェン単剤製品(タイレノールシリーズなど)を含めておくことが推奨されます。用量は成人で1回500〜1000mg、1日最大4000mgが目安ですが、飲酒習慣のある方や肝機能が低下している方は1日2000mg以下に抑えることが望ましいとされています(詳細は添付文書を参照)。
衛生面での実際の危険
ベトナムの飲食店、特に路上屋台では衛生管理が不十分な場所が多くあります。以下の点に留意してください:
- 生水の飲用禁止:ベトナムの水道水は塩素処理が不十分な場合があり、大腸菌や腸管出血性大腸菌のリスクがあります
- 氷の使用に注意:高級ホテル以外の氷は、汚染水で製造されている可能性があります。ペットボトル入りの密封された飲料を選択してください
- 加熱されていない食品:生野菜、生魚、生肉は特に注意が必要です
- 乳製品:冷蔵チェーンが不完全な場合があり、変質したものが販売されていることもあります
- 食器・調理器具:屋台では食器の洗浄が不十分なケースがあります。使い捨てのカトラリーを携行すると安心です
「食べても大丈夫」と現地の方に勧められた食材であっても、日本人の腸内環境はベトナムの一般的な微生物叢に免疫を持っていないため、現地の方が問題なく食べられるものでも体調不良を引き起こすことがあります。いわゆる「旅行者下痢症(Traveler's Diarrhea)」は、ベトナム渡航者が経験する最も頻度の高い健康問題の一つです。
現地で体調を崩した場合の対処方法
ステップ1:症状の初期対応(軽症の場合)
軽い下痢や風邪症状の場合、以下の対応を試してください:
下痢の場合:
脱水予防が最重要です。経口補水液(ORS:Oral Rehydration Solution)は、世界保健機関(WHO)が推奨する電解質バランスで配合された製品です。日本から OS-1 🛒などを持参するか、現地の薬局(Nhà thuốc)でベトナム語で「nước oresol(ヌック オレソール)」と言って購入できます。WHOの推奨するORSの組成は、グルコース75mmol/L・塩化ナトリウム75mmol/L・塩化カリウム20mmol/L・クエン酸三ナトリウム10mmol/Lです。市販のスポーツドリンクはこの組成とは異なる(糖分が多く、電解質が少ない)ため、重度の脱水時の代替品としては適していません。
薬学的解説:ロペラミドの使用について ロペラミド塩酸塩(一般名)を有効成分とする止瀉薬(いわゆる抗下痢薬)は、腸管のμオピオイド受容体に作用して腸管蠕動を抑制し、下痢症状を短縮する効果があります。ただし、細菌性腸炎(腸チフス、赤痢、腸管出血性大腸菌感染症など)では、腸管内に留まった病原菌や毒素が吸収されるリスクが高まるため、使用禁忌または慎重投与とされています。渡航先での下痢に安易にロペラミド製品を使用することは、感染症の悪化を招く可能性があります。発熱・血便を伴う下痢は必ず医療機関を受診してください。
風邪症状の場合:
- 通常の風邪なら自然軽快を待つ
- 市販の総合感冒薬(持参した製品)で対症療法
- アセトアミノフェン配合の解熱鎮痛薬で発熱・のどの痛みを緩和
- 高熱が続く場合や頭痛が激しい場合は、デング熱など蚊媒介感染症の可能性があるため、必ず医療機関を受診してください
薬剤師メモ: ベトナムの薬局(Hiệu thuốc)で販売されている製品は、同じ成分名でも投与量が日本と異なることがあります。また「天然由来」をうたった製品の中には、医療用医薬品成分が無申告で含まれている粗悪品も存在します。自己判断での購入は極めて危険です。特に、現地で購入した漢方・ハーブ系の製品は、成分が不明なものがあり、日本で処方された薬との薬物相互作用のリスクも否定できません。
ステップ2:医療機関の受診(中等症以上)
以下の症状が見られたら直ちに医療機関を受診してください:
- 38℃以上の発熱が3日以上続く
- 激しい頭痛を伴う発熱
- 頭痛・嘔吐・意識障害(日本脳炎・細菌性髄膜炎の可能性)
- 血便や粘血便(赤痢・腸チフスの可能性)
- 激しい腹痛を伴う下痢
- 呼吸困難・胸痛
- 動物(犬・猫・コウモリ等)に咬まれた・引っ掻かれた(狂犬病対策として48時間以内の暴露後処置が必要)
- 皮膚の広範な外傷・火傷
- 全身の発疹(デング熱・麻疹・チフスのバラ疹の可能性)
特に動物咬傷は見た目が軽微でも必ず受診してください。狂犬病はいったん発症すると致死率がほぼ100%に達します。ベトナムは狂犬病の流行国であり、野良犬・野良猫は感染源となりえます。暴露後ワクチンの接種は、咬まれた後でも早期に開始すれば有効です。
ホーチミンにおけるおすすめ医療機関
| 医療機関名 | 診療科 | 言語対応 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| Family Medical Practice Clinic | 総合診療 | 英語・日本語 | 日本人駐在者の定番 |
| Vinmec International Hospital | 全科 | 英語 | 高度医療設備 |
| Columbia Asia Saigon | 全科 | 英語 | 国際水準の設備 |
| Raffles Medical Clinic | 総合診療 | 英語・日本語 | 予約制で待ち時間短い |
| International SOS Clinic | 救急対応 | 英語・日本語 | 24時間対応 |
ハノイにおけるおすすめ医療機関
| 医療機関名 | 診療科 | 言語対応 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| Hanoi French Hospital(ハノイ仏国病院) | 全科 | 英語・仏語 | 医療水準が高い |
| Vinmec Times City International Hospital | 全科 | 英語 | 設備が新しい |
| Raffles Medical Hanoi | 総合診療 | 英語・日本語 | 日本人向け対応が充実 |
これらの国際クリニックは、在ベトナム日本国大使館の緊急連絡先リストにも掲載されている信頼性の高い施設です。渡航前に施設の住所・電話番号をスマートフォンに保存しておくことを強く推奨します。
医療機関受診のための準備物
受診時に持参すべきもの:
- パスポート:身分確認、保険クレーム時に必要
- 海外旅行保険証券:できれば英文版、保険会社の24時間連絡先も記載
- 常用薬の処方箋またはリスト:成分名(一般名)、1日用量、頻度を英語で記載
- 症状記録:発症日時、症状の推移、摂取した食事内容など
- 翻訳アプリ:Google Translateなど、スマートフォンに複数入れておく
- 現金またはクレジットカード:国際クリニックはクレジットカード対応が多いが現金も必要な場合あり
薬剤師メモ: 常用薬のリストは商品名ではなく成分名(一般名)で記載してください。日本の商品名は海外では通じないことがほとんどです。例えば「ロキソニン」ではなく「ロキソプロフェン ナトリウム 60mg」、「クレストール」ではなく「ロスバスタチン 5mg」と記載することで、現地の医師や薬剤師に正確に伝わります。特に抗凝固薬・抗てんかん薬・免疫抑制薬など、海外でも継続投与が必要な薬剤は一般名での記載が不可欠です。
ベトナムの薬局(Hiệu thuốc)の使い方
薬局の見つけ方と種類
ベトナム語で薬局は Hiệu thuốc(ヒエウ トゥオック) または Nhà thuốc(ニャー トゥオック) と表記されます。ホーチミンやハノイでは街なかに多数あり、比較的容易に見つけられます。ただし、薬局の種類と信頼性には差があります。
| 種類 | 特徴 | 推奨度 |
|---|---|---|
| 国際クリニック附属薬局 | 英語対応・品質管理が高い | ★★★ 最推奨 |
| 大型民間薬局チェーン | ベトナム語主体だが品揃え豊富 | ★★ 一般的に使用可 |
| 街なかの個人経営薬局 | 処方箋なしで医療用薬品を販売することも | ★ 注意が必要 |
| 路上・市場での薬販売 | 偽造品・品質不明のリスクあり | ✕ 原則利用しない |
路上や市場で販売されている医薬品の中には、偽造品・期限切れ品・粗悪な模倣品が混在しているリスクがあります。WHOはアジア地域における偽造医薬品の流通について継続的に警告を発しています。安全性が確認できない薬剤の使用は避けてください。
薬局で購入できるもの・できないもの
一般的に購入できるもの(OTC製品に相当):
- 経口補水液(Oresol)
- アセトアミノフェン配合の解熱鎮痛薬
- イブプロフェン配合の解熱鎮痛薬
- 抗ヒスタミン薬配合の抗アレルギー薬・感冒薬
- 整腸薬(乳酸菌製剤など)
- 外用消毒薬・創傷被覆材
本来は処方箋が必要だが実態として入手できることがある(注意が必要なもの):
- ニューキノロン系・マクロライド系を含む抗菌薬
- ステロイド外用薬・内服薬
- ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬
上記のうち、抗菌薬の自己判断使用は特に危険です。細菌性感染症の種類・重症度・菌種に応じた適切な抗菌薬選択には医師による診断が不可欠であり、誤った選択は治療効果がないばかりか耐性菌を生む原因にもなります。ベトナムはAMR(薬剤耐性)対策において課題の多い国の一つとされており、耐性菌感染症を「お土産に持ち帰るリスク」も現実に存在します。
医療保険の使い方と注意点
海外旅行保険の選択時の重要ポイント
ベトナムへの渡航では、必ず海外旅行保険に加入してください。国際クリニックの受診費用は1回の初診だけでも日本円換算で1万〜3万円程度になることが多く、入院・手術ともなれば数十万〜百万円を超えるケースもあります。以下の項目を確認してください:
| 補償項目 | 推奨補償額(目安) | 重要度 |
|---|---|---|
| 治療費用 | $300,000以上 | ★★★ 必須 |
| 疾病・傷害による緊急移送費用 | 実費補償タイプ推奨 | ★★★ 必須 |
| 損害賠償責任 | $100,000以上 | ★★★ 必須 |
| 携行品損害 | $3,000以上 | ★★ 重要 |
| 歯科治療(急性疾患に限る) | $500以上 | ★★ |
| 疾病死亡・後遺障害 | $1,000,000以上 | ★★★ 重要 |
クレジットカード付帯保険のみで渡航される方は、補償限度額と補償範囲を必ず事前確認してください。カード付帯保険は治療費用の上限が低い場合や、特定の疾患・行動(バイクレンタル・アドベンチャースポーツ等)が免責となっている場合があります。
クレーム手続きの流れ
現地での対応(発病時):
-
直ちに保険会社の24時間緊急連絡先に電話
- 保険証券に記載された日本語対応ダイアルを確認
- ホーチミン・ハノイ時間での対応時間帯を渡航前に確認しておく
-
保険会社の指示を受ける
- オペレーターが医療機関を紹介する場合がある
- キャッシュレス対応可能な医療機関を指定されることがある
-
キャッシュレス受診の場合
- 医療機関に「保険会社経由での直接払いを希望 / I'd like to use my travel insurance for direct billing.(アイド ライク トゥ ユーズ マイ トラベル インシュアランス フォー ダイレクト ビリング)」と伝える
- 保険会社から医療機関に確認連絡が入る
- 現金支払いが不要になる(ただし自己負担分は現地払いとなる場合あり)
帰国後の対応:
-
医療機関から英文診断書・医療領収書・検査結果の写しを入手する
- 現地医療機関は1〜2週間で発行可能なケースが多い
- 書類がそろわないまま帰国すると再入手が困難になる
-
保険会社に請求書一式を郵送
- 書類不備があると審査に遅延またはリジェクトが生じる
- 追跡可能な郵便方法(EMS等)の利用を推奨
-
確認〜振込
- 通常3〜6週間で審査完了、振込まで総じて2ヶ月程度かかることがある目安
薬剤師メモ: ベトナムの医療機関が発行する診断書は、保険会社の様式と異なることがあります。帰国前に保険会社に「英文診断書にはどの項目が必要か」を事前確認することで、クレーム時の追加書類請求を防げます。また、領収書には「患者氏名・処置内容・医薬品名(成分名)・費用・医師印鑑」が記載されていることを現地で確認しておきましょう。特に薬剤費については、成分名と投与量が記載された詳細な薬剤リスト(Drug List)の添付を依頼することで、帰国後の保険請求がスムーズになります。
よくある保険支払い拒否事例と対策
-
医療必要性が認められない
- 症状の記録・診察時の検査結果を必ず保管する
- 医師の診断書に「ベトナムでの治療では対応困難」と記載が必要な場合もある
-
医療機関の請求額が不適切と判定
- 複数医療機関での見積もり比較
- 過度な高額治療は事前に保険会社の承認を得ることを検討
-
持病の悪化が補償対象外
- 加入時に既往歴・持病を申告していないと支払い拒否の対象となる
- 申告漏れがないよう、健康診断結果を確認のうえ正確に申告する
-
自損行為または免責事項に関連する治療
- 飲酒運転での事故・無免許運転(現地免許不要でも国際免許が必要な場合がある)・危険行為に関連する治療は補償対象外となる場合がある
渡航前の準備と予防接種
強く推奨される予防接種
ベトナムへの渡航前には、以下の予防接種を検討してください。出発の**2〜4週間前(可能なら1〜2ヶ月前)**までに接種を開始することが目安です。かかりつけ医またはトラベルクリニックへの相談を推奨します。
| 予防接種 | 推奨度 | 対象地域・条件 | 備考 |
|---|---|---|---|
| A型肝炎 | 強く推奨 | 全ベトナム渡航者 | 2回接種(6〜12ヶ月間隔) |
| B型肝炎 | 推奨 | 医療行為・長期滞在者 | 3回接種(0・1・6ヶ月) |
| 腸チフス | 推奨 | 衛生環境が不明確な地域での飲食が想定される場合 | 経口・注射どちらも可 |
| 日本脳炎 | 推奨 | 農村部・農地近郊に滞在する場合 | 子どもは定期接種対象 |
| 狂犬病(暴露前接種) | 推奨 | 長期滞在・動物との接触が多い場合 | 3回接種(0・7・21〜28日) |
| 破傷風 | 確認推奨 | 全渡航者 | 10年以内の接種歴を確認 |
| 麻疹・風疹(MR) | 確認推奨 | 免疫が不確かな場合 | 定期接種歴を確認 |
狂犬病の暴露前接種について補足します。ベトナムは狂犬病が依然として流行している国であり、暴露後ワクチン(暴露後発症予防接種:PEP)に使用するヒト由来免疫グロブリン(HRIG)は現地の国際クリニックでも入手困難な場合があります。暴露前接種を受けておくことで、万一の咬傷時に免疫グロブリンの投与が不要となり、必要なワクチン接種回数も減らせるメリットがあります。長期滞在者・バックパッカー・農村部への訪問が多い方は特に推奨されます。
持参薬リストの作成
渡航前に以下のカテゴリの常備薬を準備しておくことで、現地での不要な薬局訪問リスクを減らせます。
| カテゴリ | 推奨成分名(一般名) | 用途 |
|---|---|---|
| 解熱鎮痛 | アセトアミノフェン | 発熱・頭痛・デング熱疑い時(NSAIDsは避ける) |
| 整腸・下痢予防 | 乳酸菌製剤(ビフィズス菌・ラクトバチルス属等) | 腸内環境の維持 |
| 経口補水 | ORS(経口補水塩)粉末 | 下痢・嘔吐による脱水予防 |
| アレルギー | 第2世代抗ヒスタミン薬(ロラタジン・セチリジン等) | 虫刺され・アレルギー症状 |
| 外用消毒 | ポビドンヨード液またはクロルヘキシジン | 創傷処置 |
| 傷ケア | 創傷被覆材(ハイドロコロイド系) | 熱帯地域での傷の湿潤治療 |
| 虫除け | DEET(ディート)30〜50%配合製品 | デング熱・マラリア予防の蚊対策 |
| 日焼け止め | SPF50以上のサンスクリーン | 熱帯の紫外線対策 |
薬学的解説:DEET(ディート)の安全な使い方 DEET(N,N-ジエチル-3-メチルベンズアミド:一般名)は、蚊・ダニ・サシチョウバエなどの昆虫忌避剤として最も有効性が高い成分の一つです。日本では2017年から医薬品として30%配合製品が承認されています。塗布量が多いほど忌避効果が長続きしますが、粘膜・目・傷口への使用は避けてください。子ども(2歳未満)への使用は禁忌とされており、2〜12歳では1日3回以内の使用が推奨されています(詳細はPMDAの添付文書を参照)。使用後は石鹸と水で洗い流すことが推奨されます。
帰国後の注意点とフォローアップ
帰国後に医療機関を受診すべき症状
帰国後2〜3週間は「輸入感染症」に注意が必要です。以下の症状が帰国後に出現した場合は、必ずベトナム渡航歴を医師に申告した上で受診してください。渡航歴の申告がないと、適切な検査・診断が遅れるリスクがあります。
| 症状 | 疑われる疾患 | 受診の目安 |
|---|---|---|
| 帰国後の発熱(38℃以上) | デング熱・マラリア・腸チフス | 直ちに受診 |
| 黄疸(白目・皮膚が黄色くなる) | A型肝炎・B型肝炎・腸チフス | 直ちに受診 |
| 激しい頭痛・意識の変容 | マラリア(脳マラリア)・日本脳炎 | 救急受診 |
| 持続する下痢・血便 | 細菌性腸炎・アメーバ赤痢 | 数日以内に受診 |
| 皮膚の発疹・かゆみ | デング熱・皮膚リーシュマニア症・ツツガムシ病 | 数日以内に受診 |
日本国内では、感染症専門外来を持つ病院や大学病院の渡航外来が相談窓口として適しています。厚生労働省が指定する「検疫所」(成田・羽田・関西空港などの主要国際空港内に設置)も帰国時の相談に応じています。
渡航後の薬の残余品の取り扱い
現地で購入した薬剤を帰国後に服用し続けることは推奨されません。成分・用量・品質保証の確認が困難なためです。残余品は適切に廃棄し、帰国後も継続治療が必要な場合は日本の医師・薬剤師に相談のうえ、国内で処方・調剤を受けてください。
まとめ:ベトナム渡航者のための医療対応チェックリスト
渡航前(1〜2ヶ月前):
- トラベルクリニックまたはかかりつけ医で予防接種計画を立てる
- 海外旅行保険に加入・補償内容を確認する
- 常用薬を一般名リストにまとめ、英語版も作成する
- 持参薬(アセトアミノフェン・ORS・虫除けDEET製品等)を準備する
- 滞在先周辺の国際クリニックの名前・電話番号を調べておく
渡航中:
- 生水・生食・路上の氷は避ける
- DEET配合の虫除けを使い、長袖・長ズボンで蚊対策をする
- 体調不良時は早めに保険会社の緊急ダイヤルに相談する
- 動物に咬まれたら48時間以内に国際クリニックを受診する
- 薬局での自己判断購入(特に抗菌薬)は避ける
帰国後:
- 2〜3週間は体調変化に注意する
- 発熱・黄疸・下痢などが現れたら渡航歴を申告して受診する
- 現地購入薬の残余品は廃棄する
参考文献・公的情報源
-
世界保健機関(WHO)|旅行者向け感染症情報(International Travel and Health) https://www.who.int/publications/i/item/9789240682788
-
米国疾病予防管理センター(CDC)|ベトナム渡航者向け健康情報 https://wwwnc.cdc.gov/travel/destinations/traveler/none/vietnam
-
厚生労働省|海外渡航者のための感染症予防(検疫所 FORTH) https://www.forth.go.jp/destination/asia/vietnam.html
-
外務省海外安全情報|ベトナム(医療・衛生情報) https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo_211.html
-
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)|OTC医薬品の添付文書情報 https://www.pmda.go.jp/OTC/search/otcsearch.html
-
厚生労働省|AMR(薬剤耐性)アクションプラン・国際的な取り組み https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html
-
国立感染症研究所|デング熱・感染症発生動向調査週報(IDWR) https://www.niid.go.jp/niid/ja/dengue-m/dengue-idwrc.html
監修:薬剤師(博士(薬学))